水は図面を読まない
天井を閉じる前の通水試験で、三階の排水管から水が戻ってきた。
設備担当の里見颯真は、午前中だけで原因を直すよう頼まれた。午後には天井工事が始まり、配管は見えなくなる。
「中に何か詰まってる」
配管工はワイヤを入れようとした。颯真は止め、透明なホースで水位を見た。流した量が少ないうちから、管の途中で水が溜まっている。詰まりなら水位はゆっくり上がる。これは最初から低い場所がある動きだった。
図面では排水口から立て管へ、一定の勾配がついている。吊り金具の寸法も合う。だが颯真が床の基準線から測ると、中央のスリーブだけ二センチ高かった。
「床が悪いのか?」
「床ではなく、基準が違います」
建物は長い梁がわずかに上向きへ反るよう施工されている。配管班は床から同じ寸法で吊ったため、見た目は揃っていても、管の底は中央で持ち上がっていた。水は図面の矢印ではなく、実際の高さに従う。
颯真はワイヤを入れず、三か所の吊り金具を外した。入口側を上げ、中央を下げ、立て管側はそのままにする。全体を一度に動かすと継ぎ目へ無理がかかるため、水を抜きながら一本ずつ調整した。
正午前、再び水を流す。透明なホースの水位は上がらず、立て管へ吸い込まれた。
「詰まりじゃなかったな」
配管工が笑った。
「ワイヤを入れていたら、通ったように見えていました」
水が少ないうちは乗り越える。入居後、洗面器を同時に使ったときだけ溢れたはずだ。
午後一時、天井材が台車で運ばれてきた。颯真は閉じられる前に、配管の三か所へ高さを書いた札を残した。
そのとき、隣室から声がした。
「こっちの試験、水が一滴も出ないぞ」
颯真は天井班へ十五分だけ待ってもらい、隣室を含む三系統へ同時に水を流した。一本ずつなら通っても、実際の使用時には重なる。隠す前の試験は、住む人の使い方に近づける必要があった。
三本の流れが重なっても、逆流は起きなかった。
颯真は濡れた手を拭き、まだ開いている天井裏へ脚立を移した。