水圧の父

戸次惇生は、海底都市の事故で救助用の身体へ移された。金属の骨、鰓型の循環器、深海の圧力に耐える皮膚。命は助かったが、地上へ戻れば身体が内側から破裂する。

息子は、年に一度だけ潜水艇で会いに来た。

最初は窓越しに手を合わせた。次の年には学校の成績を見せ、その次には恋人を連れてきた。惇生は深海救助員として何百人も助けながら、息子の肩を一度も抱けなかった。

妻の葬儀にも出られなかった。地上から届いた映像で、棺のふたが閉じるのを見た。惇生の身体には涙を流す機能がなく、代わりに胸部の圧力計が異常値を示した。

「父さんのせいじゃない」と息子は言った。

その言葉を聞くたび、惇生は自分が父親ではなく、海の設備になっていく気がした。

二十年目、息子は白髪を増やし、幼い娘を連れてきた。

「ほら、海の下のおじいちゃんだよ」

少女は怖がらず、窓に貝殻を押し当てた。惇生も機械の指を重ねた。厚いガラスの向こうで、三人の手は触れなかった。

海底都市の閉鎖が決まり、惇生には二つの選択が示された。管理AIは、救助も遠隔機で代替できると説明した。だが惇生は、溺れた人が最後に握るものは映像ではなく、引き上げる腕だと知っていた。意識だけを地上の端末へ移すか、救助身体のまま無人の深海基地へ残るか。

息子は端末を勧めた。

「声だけでも、そばにいてほしい」

惇生は迷い、基地へ残ることを選んだ。意識だけになれば地上へ帰れる。だが、海で助けを求める人を抱き上げられる身体を、彼は捨てられなかった。

閉鎖後も、遭難信号が鳴るたび惇生は暗い海を泳いだ。息子とは短い通信を続けた。話題は薬、天気、孫の成績と、触れられない日常ばかりだった。孫娘は成長し、海洋救助の研究者になった。

初めて彼女が新型艇で基地へ来た日、外へ出て、深海服の腕で惇生を抱いた。

圧力越しの抱擁は硬く、冷たかった。

それでも惇生は、父親でいることを諦めなかった年月が、ようやく身体へ戻ってきた気がした。