治ったふり日記

菫が眠れなくなってから、私は生活を記録した。

起床、食事、服薬、泣いた回数。本人は覚えていないことが多いから、私が残すしかない。医師からのメールにも代わりに返事をした。菫が「見せて」と言っても、悪い言葉で落ち込ませないよう要点だけ伝えた。

その頃、匿名ブログ「治るまでの百日」が人気になった。

主人公の症状は菫と同じだった。雨の日に過呼吸を起こしたこと、冷蔵庫のプリンしか食べられなかったこと、私の膝で眠ったことまで書かれている。

「誰かが盗んでる」

私は怒った。菫は画面を見ず、「もう読まないで」と言った。自分の苦しみを知られるのが怖いのだと思った。

ブログは広告収入を得て、書籍化の話まで来た。私は読者が喜ぶよう、雨の日の発作を少し長く書き、食べられた日の記録は翌週へ回した。回復が早すぎると、同じ病気の人を置いていく気がしたからだ。

回復する主人公へ応援が集まるたび、私は菫にも見せた。

「ほら、同じ人でも頑張ってる」

菫は日に日に黙った。食事を残すと記事の展開に使えると思い、私は写真を撮った。久しぶりに笑った日は、読者が混乱するから投稿しなかった。現実より読みやすい順番に直すことが、嘘だとは思わなかった。

ある朝、私のタブレットがなくなった。菫は玄関で、それを抱えていた。画面にはブログの編集ページが開いている。

「私のことを書いたの?」

私は否定しなかった。誰かの役に立つし、治った記録になれば菫自身も救われる。広告収入は二人の生活費に使った。薬を減らしてよいという医師の連絡を隠したのも、物語の順序が崩れると思っただけだ。

「私が治ったら、書けなくなるから?」

菫は初めて私をまっすぐ見た。

「一人じゃ何もできないあなたを、私が支えたんだよ」

それは事実だった。菫は何も言わず、荷物を持って出ていった。

夕方、見覚えのない匿名ブログから通知が来た。読者はまだ一人しかいない。

最初の記事の題名は、「治るために、世話をしてくれる人から離れました」だった。