泣くと雨を呼ぶ姫と雲止め飴
薬屋《晴れ間》を訪れた少女は、粗末な外套を着ていたが、靴だけは王族のものだった。
店主テオが何も言わず椅子を勧めると、彼女は外套の留め金を外した。
「マルチェラと申します」
王国の姫だった。
「明日、戴冠式があります。私は泣くと雨を呼ぶのです」
幼い頃から、涙一粒で通り雨、声を上げて泣けば嵐。明日は亡き母の冠を受け継ぐ。泣かない自信はない。だが今、国土は長雨で川が溢れかけている。農民たちは戴冠式の晴天を祈り、城下では土嚢が積まれていた。
「感情を消す薬がほしい」
「置いていません」
「王命でも?」
「なおさらです」
テオは飴の瓶から、空色の丸い一粒を取り出した。
「雲止め飴。涙を止めるのではなく、涙が空へ届く前に露へ変えます。効くのは一時間だけ」
「本当に?」
「泣いて確かめますか」
「そんな簡単に泣けません」
そう言った直後、テオはカウンターの下から一通の封書を出した。
王宮侍医だった父から預かったものだ。宛名は幼い字で、マルチェラへ。
封を切った姫は、最初の一行で唇を噛んだ。亡き母が、戴冠の日に読むよう残した手紙だった。
「ずるい薬師ね」
「試験です」
姫は飴を口へ入れ、手紙を読み進めた。
大粒の涙が頬を伝う。窓の外では雲が膨らみかけたが、涙は顎から落ちる前に細かな露となり、肩と袖へきらきら散った。屋根を打つ雨音は一つもない。窓の外で待ち構えていた灰雲は、行き先を失ったように薄くほどけていった。
最後の行を読み終えたとき、彼女は泣きながら笑っていた。
店内だけに、朝露のような光が積もる。
「明日、母の冠を見ても泣いていいのね」
「一時間だけ。式を長引かせないでください」
「司祭へ先に言っておきます」
マルチェラは王家の金貨を置いた。
テオが釣りを出そうとすると、彼女は首を振る。
「残りを全部、戴冠式のあとで買います。雨を呼ぶ子どもが、私以外にもいると聞きました」
外套を翻し、姫は晴れた通りへ戻っていく。
その翌朝、戴冠の鐘と同時に店の扉が開いた。
カウンターには姫からの正式な注文書が置かれ、その背後で、もう一人の小さな影が泣くのをこらえていた。
ちりん、と鈴が揺れた。