浅利バターの口が開く

店主が貝の入った箱へ氷を足していると、閉店間際の戸が開いた。若い客はスーツの胸ポケットから白い封筒をのぞかせていた。

「浅利、もう片づけますよね」

「一皿分なら、ちょうど残ってる」

店主は箱から浅利をすくった。

鍋に酒が注がれ、蓋の下で貝がからからとぶつかり始めた。やがて一つ、また一つと殻が開き、隙間から白い湯気が噴いた。最後に落とされたバターが溶けると、潮の匂いへ丸い甘さが重なった。

封筒は、大学時代の友人から届いた結婚式の招待状だった。グループの中で最後まで独身なのは客だけになる。友人が嫌いなわけではない。むしろ、夜中までゲームをしたり、安い旅行へ出たりした時間が好きだった。だからこそ、それらが正式に終わる印のようで、出席の返事を書けずにいた。

グループチャットには祝福の言葉が並んでいる。客だけが、いつもの冗談のスタンプを一つ押したきりだった。

浅利を箸でつまむ。まだ閉じた殻が一個だけ残っていた。

「これは、待てば開きますか」

客が聞くと、店主は蓋を伏せながら言った。

「開くのを急かせない」

その貝を皿の端へ置いた。

開いた浅利の身は小さく、噛むと濃い塩気が出た。バターの香りが舌に残り、酒蒸しの熱が冷えた喉を通る。客は、友人の結婚が自分の遅れを証明するわけではないと、頭では知っていた。心が追いついていないだけだった。

スマートフォンで返信用のページを開く。出席へ印をつけ、メッセージ欄に、冗談ではない一文を書いた。

《おめでとう。当日、ちゃんと祝いに行く》

送信は明日の朝九時に予約した。今すぐ送ると、返事が来るまで画面を見続けてしまいそうだった。

式で一人になる不安も、置いていかれたような気持ちも残る。閉じた貝が開く保証もない。それでも、誰かの新しい生活を、自分の停滞のせいで祝わないことだけはやめた。

店主が照明を落とした。皿の端の一個は最後まで閉じたままだった。開いた貝の汁を飲むと、潮とバターの温かさが混ざり、胸の内側へ静かに残った。