消印なき礼状

鳥羽井賢悟は二十六歳で、旅行予約サイトの苦情対応をしている。「泊まっていない宿から礼状が来た」という相談が続き、送付元の鷺枝村へ調査に向かった。

宿は廃業していた。残された宿帳には客の住所と、礼状発送日の欄がある。昭和二十六年の頁で、賢悟は自分のマンションと同じ住所を見つけた。当時、その場所はまだ田んぼだった。

机の引き出しには未使用の葉書と注意書き。

《宿帳に記された住所へ、礼状を送ってはいけない》

賢悟は原因を確かめるため、禁忌を破って一度だけ、問題の住所へ一枚送ることにした。文面は業務用の定型文だ。

「ご宿泊ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

村のポストへ投函したが、回収時刻も郵便番号も表示されていなかった。

東京へ戻った翌朝、郵便追跡アプリに登録していない荷物が現れた。

引受:昭和二十六年八月

配達完了:昨日

受取人:鳥羽井賢悟

郵便受けには、投函した葉書が入っていた。消印はない。宛名は自分の筆跡だが、裏の文面だけ変わっている。

「ご宿泊ありがとうございました。次はそちらへ伺います」

その夜から、毎日一枚ずつ礼状が届いた。差出人は宿帳に載る昔の客。全員の住所が現在のマンションの各部屋と一致している。

管理会社の宅配通知には、空室だった部屋が順に《入居済み》と表示された。

集合ポストの名札も一晩ごとに古い客の姓へ変わった。管理人は以前からその住人がいたと言い、賢悟の記憶だけを不審がる。廊下には草鞋の泥が増え、エレベーターは建物にない地下階で止まるようになった。宿帳を撮った画像では、礼状発送日の欄が今日の日付で埋まり、宛先の末尾に《全室》と追記されている。

郵便アプリの配達予定数は住人の増加と同じだけ膨らみ、最終便の宛名だけ《現入居者全員》と表示された。

最後に賢悟のスマートフォンへ集合玄関から着信が入った。モニターには、古い旅行服の男女が列を作っている。

先頭の男が葉書を掲げ、インターホン越しに定型文を読んだ。

「またのお越しを待てないので、こちらへ参りました」