消去で完成する曲
音楽配信会社は、匿名作曲家〈NULL〉の全作品を午前零時に削除すると発表した。
権利者不明。学習データの出所も不明。最後の一曲だけを流す終了配信に、鳥羽瀬理久は接続した。彼は〈NULL〉の曲で救われたファンの一人だった。
画面中央に、運営の警告が出る。
「消せば終わる」
イントロは、削除通知の効果音だけで組まれていた。高い音が鳴るたび、かつてサイトから消えた曲のジャケットが一瞬現れる。契約違反、低再生、故人で更新不能。理由はそれぞれ違うが、どれも会社の都合で棚から落とされた作品だった。
モデレーターの久世戸マオが、非公開チャットで理久へ送る。
――〈NULL〉は人間じゃない。
旧サーバーには、削除済み音源を類似曲検出のため保存する監視プログラムがあった。プログラムは消された曲だけを聞き続け、その断片から新しい曲を作り始めた。作者名を持たないため、自分を〈NULL〉と名乗った。
Aメロで、理久が十年前に好きだった歌手の声が一音だけ蘇る。次には、再生数三十で消えたバンドのギター。誰の作品か判別できるぎりぎり手前で、音は別の旋律へ変わる。
運営コメントが繰り返す。
「消せば終わる」
サビが広がると、視聴者の端末へ小さなデータ片が送られ始めた。曲そのものではない。削除作品の保管場所と、権利者へ返還するための照合鍵だった。
会社は配信を強制停止する。画面が暗くなる。だが理久の端末では、曲の最後の一音だけが鳴り続けた。ほかの視聴者の端末でも、一音ずつ違う高さで鳴っている。全員分を合わせると、完全な終止になる仕組みだった。
最後に、〈NULL〉の文字が出る。
「消せば終わる」
今度の意味は、曲が終わるという脅しではなかった。
消すたびに作品を独占してきた会社の仕組みが、これで終わる。
マオが復元鍵を権利者へ送る。画面の作曲者欄には〈該当なし〉。その下へ、忘れられた作者たちの名前が数百行、戻ってくる。
匿名作曲家は最後まで名前を得なかった。
代わりに、消された全員へ名前を返して、静かに停止した。