温かいうちに
朔良は、食べる前に必ず写真を撮った。角度を変え、明るさを調整し、皿の端に映り込んだ紙ナプキンをどける。投稿への反応が少ない日は、味までぼやけた。二十六歳の一年を「充実していた」と並べられるように、休日には用事がなくても外へ出た。今回の市場も、人気の投稿で見つけた場所だった。帰宅後、写真の整理だけで夜が終わることもあった。
旅先の市場で買った焼きたての林檎菓子にも、すぐスマートフォンを向けた。すると隣から、文字盤のない腕時計を何本も巻いた旅人が覗き込んだ。どの時計にも針はなく、代わりに小さな窓から湯気が出ている。
「何時ですか」
朔良が冗談で聞くと、旅人は林檎菓子を指した。
「それが温かい時刻です」
旅人は自分の分を一口でかじり、舌を火傷して目を白黒させた。格好は奇妙でも、食べ方はひどく不器用だった。
「写真を撮らないんですか」
「撮る前に終わるものを集めています」
旅人は紙袋の裏に、丸い時計を描いた。文字盤には数字がなく、「通知より先に一口」とだけ書かれている。
朔良の画面には、同僚たちの旅行写真が流れていた。誰かの海、誰かの婚約指輪、誰かの新しい部屋。自分も楽しんでいると示すため、林檎菓子をもっときれいに撮らなければならない気がした。誰も命じていないのに、楽しさは投稿して初めて確定するものになっていた。
旅人はもう次の屋台へ向かっている。針のない時計から、細い湯気が何本も後ろへ流れた。
朔良は写真を一枚撮った。暗い。背景に知らない人の肘も入っている。撮り直そうと菓子を持ち上げると、表面の砂糖が光り、指先に温かさが戻ってきた。紙袋の底には溶けた蜜が小さな染みを作っている。今しかないものは、画面の中より手の中にあった。
通知が鳴る。友人から「市場どう?」。その返事を考えている間にも、林檎は冷める。
朔良は画面を伏せた。紙袋から甘酸っぱい香りが立ち、焼けた縁がぱり、と小さく割れる。
投稿する文章も、誰にどう見えるかも決めないまま、朔良は写真より先に林檎菓子へかじりついた。熱い蜜が舌に触れ、思わず目を閉じた。