灯台まであと百歩
宗方佳祐、上条未紗、秋元恭介は、卒業旅行の最終日に岬の灯台を目指した。強風で遊歩道は閉鎖され、立入禁止の柵から灯台までは、目測で百歩ほどだった。
「ここまで来たんだから越えよう」と恭介が言った。
未紗は柵を掴んだ。「事故ったら内定取り消し」
佳祐は笑った。「未紗は相変わらず会社基準だな」
「会社に行かない人には分からない」
恭介が振り向いた。「佳祐、就職しないの?」
佳祐はポケットから皺だらけの紙を出した。大学院の合格通知だった。
「考古学、続ける。五年は学生かも」
「奨学金、返せるの?」と未紗。
「返せないかもしれない。でも行く」
恭介は柵へ足を掛けかけて、やめた。「俺は消防に入る。地元の」
佳祐が「舞台俳優は」と聞く。
「オーディション、全部落ちた。人を助ける方なら、台詞を忘れても困らない」
冗談の形をしていたが、誰も笑わなかった。
未紗は灯台を見ず、海を見た。「私はホテル会社。海外勤務を希望した。どこの国かはまだ分からない」
「三人とも、見張る仕事だな」と佳祐が言った。「過去と、火事と、知らない客」
「見張っても、いなくなるものはある」と未紗。
大学一年の夜、三人は屋上から街の灯りを見て、卒業後も互いの居場所を知らせると約束した。誕生日にも使わない位置共有アプリを入れ、四年間ずっと互いの青い点を見てきた。今、佳祐は地中へ、恭介は煙の中へ、未紗は海の向こうへ行く。
「アプリ、消す?」と恭介。
未紗は答えず、圏外になった画面をポケットへ戻した。
恭介が柵から離れた。「灯台、行かなくていいや」
「怖くなった?」と佳祐。
「行ったら、同じ景色を見たことになる。それを思い出にしたくない」
三人は灯台を背に、駐車場へ戻った。途中、未紗の帽子が風に飛ばされ、柵の向こうへ落ちた。
恭介なら越えられたし、佳祐なら長い枝を探せた。それでも誰も取りに行かなかった。
帰りのバスで、灯台側の一席だけが空いた。窓の外、白い帽子は草に引っかかり、点滅する灯りへ向かって何度も手を振るように揺れていた。