無人駅売店の休日

イダルは中央鉄道局の運行指令だった。

紺の上着は肘が光り、袖には緊急列車の赤札が縫い重なっている。遅延が起きれば食事は消え、事故が起きれば三日帰れない。列車へ乗る人々を休暇へ送り出しながら、彼自身は一度も旅をしなかった。

退職後、廃線寸前の谷駅で売店を借りた。屋根は雪で歪み、扉は閉まらず、列車が通るたび棚から瓶が落ちた。

ある朝、貨物列車の振動で壁が割れた。イダルが工具を取りに行く間に、駅舎の古いレールが銀の糸へほどけ、壁を縫い直した。落ちた瓶も、床板が傾いて柔らかく受け止める。

売店は列車の時刻を覚え、到着前に茶と弁当を温める。乗客は窓口の機械へ硬貨を入れ、品を取る。売上は自動で送られ、イダルは補充を週に一度するだけだ。

《今週の売上、入金。次回補充まで休業可能》

同時に鉄道局から通信が来た。

『東管区で人身不足。夜勤四連続を引き受けろ。経験者が必要だ』

「引き受けない」

『列車を止める気か』

「人を止めずに走らせるから、いずれ列車が止まるんです」

『お前も鉄道員だろう』

イダルは肩章を外した上着を見た。

「今は乗客です」

ちょうど正午の各駅列車が入ってきた。風圧で売店の庇が一枚めくれたが、レールの糸がすぐ縫い留める。無人窓口は弁当を二つ売り、入金通知が控えめに光った。

ホームでは白髪の旅人が茶を買い、行先表示を眺めていた。「この列車は、終点で何が見える?」と聞かれる。指令員だった頃のイダルなら、接続時刻や到着番線まで答えただろう。今日は首を横へ振った。「知りません。だから乗ります」。旅人は満足そうに頷いた。売店の屋根が風で一度鳴り、自分で締め直される。次の補充日も、帰る時刻も、店から催促されることはなかった。

イダルは〈補充済み・店主旅行中〉の札を下げ、通信端末を引き出しへしまう。片道切符を一枚買い、窓側の席へ座った。

列車が動き出す。彼は時刻表を確認せず、座席を倒して目を閉じた。遅れても、今日は誰にも叱られない。