片目の来訪者

映像フィルターを作る二十五歳の百目鬼晶馬は、短尺動画で流行し始めた「片目祭」を解析した。起動すると前面カメラに祭礼の面が重なり、背後へ白装束の女が立つ。最後まで振り返らなければ願いが一つ映像に残るという。

元になったのは、海辺の村で行われた《片目迎え》だった。村誌の写真では、参加者全員が左目を布で隠している。片目の神と目を合わせれば、互いの視界を一つずつ交換するからだ。

アプリの警告は一つ。

《画面の女が片目を閉じても、ウインクを返してはいけない》

晶馬はフィルターの顔追跡精度を見るため、会社のスタジオで画面収録を始めた。背後には誰もいない。だが画面では、白い女が一歩ずつ近づいてくる。

女が左目を閉じた。

顔認識の基準点を確かめようとして、晶馬は反射的に同じ左目を閉じた。一度だけ、短くウインクした。

画面の女は両目を開いた。晶馬の左目だけが、映像から消えた。

痛みはない。鏡を見れば目はある。しかし左目に映る景色だけが、スタジオではなく暗い玄関先へ変わっていた。木の扉、濡れた石段、内側からこちらを覗く自分の右目。

収録映像を解析すると、ウインクした瞬間に左右の瞳へ別々の利用者IDが付いていた。右目は晶馬、左目は〈浜の迎え女・明治二十九年〉。村誌の祭礼写真を検索すると、白装束の女だけがカメラを向き、片目に晶馬と同じ虹彩を持っていた。

その後、左目で瞬きをするたび、見知らぬ海辺の風景が一コマずつ端末へ保存された。最後の写真には、晶馬の自宅が波打ち際に建っていた。

彼は片目を閉じて帰宅した。左を開くたび、見知らぬ女が玄関へ近づいてくる。距離は残り三歩、二歩、一歩。

自宅前に着くと、スマートドアベルが通知した。

〈来訪者を検出しました〉

映像には晶馬本人が立っている。ただし画面の男は右目を閉じ、左目だけでカメラを見ていた。現実の晶馬はその逆だった。

ドアの内側から、鍵が回る音がする。

端末の顔認証が来訪者名を表示した。

〈百目鬼晶馬・左目 帰宅〉

続いて、家の中のスマートスピーカーが普段どおりに言った。

「右目のお客さまをお迎えします」