片道切符の裏側

「切符は片道でいい」

西脇朋香が言うと、有馬怜央は何も答えず券売機を操作した。

怜央は翌朝、故郷の会社へ転職する。今夜の終電で実家へ戻り、東京の部屋はすでに引き払った。二人は三年間、毎週金曜に食事をしたが、恋人ではない。朋香には、帰ってきてと言う権利も、ついていく理由もなかった。

ホームで、怜央は小さなキャリーケースを足元へ置いた。終電まで八分。

「新しい職場、忙しい?」

「最初は」

「じゃあ、連絡は無理しなくていいよ」

「朋香は、そうやって全部軽くするな」

責められても、重くする方法を知らなかった。別れが決まってから好きだと言えば、答えを急がせるだけだ。

終電の入線案内が流れる。朋香は売店へ行くふりをして券売機へ戻り、別の日付の切符を一枚買った。一か月後の同じ区間、今度は東京行き。指定席番号を書き込める余白へ、自分の電話番号と《土曜、十時に迎えに来て》と記した。

戻ると、怜央はまだ乗車口にいた。朋香は切符を彼の胸ポケットへ差し込む。

「片道でいいんじゃなかった?」

「今夜の分はね」

怜央は切符を確かめ、次に朋香の手をつかんだ。自分のスマホで一か月後の帰京便を予約し、予定表へ《朋香に会う》と入力する。さらにその翌月、朋香が彼の町へ行く候補日を三つ送った。

「一回だけじゃない」

「うん」

「友達の帰省予定でもない」

「うん」

朋香は初めて「怜央」と名前だけで呼ぶ。ドアが閉まるまで、二人は手を離さなかった。

電車が走り出すと、怜央は窓越しに帰りの切符を掲げた。朋香もスマホに表示した訪問予定を見せる。ホームと車内に分かれても、同じ日付を指さして笑えた。会えない時間を耐える約束ではなく、互いに向かう順番を決めたことが、二人を近づけた。

朋香は発車後すぐ、《着いたら電話して》と送った。今度は遠慮を意味する《返信不要》をつけなかった。

「切符は片道でいい」

強がりだった一言は、片道ずつ互いの街へ向かえばいいという、二人分の約束に変わった。