猫耳ヘッドセットの持ち主
戸塚璃子の猫耳ヘッドセットが、朝礼の机に置かれていた。
黒い本体に、桃色に光る大きな耳。週末の配信では〈リコピン〉の目印だが、会社へ持ってきた覚えはなかった。前夜、機材を入れ替えた鞄で出勤し、そのまま会議室に置き忘れたらしい。
課長が持ち上げる。
「昨日の忘れ物です。心当たりのある人」
誰も手を挙げない。
「子どもの玩具?」
「これでオンライン会議したら怒られそう」
笑いが起きる。璃子は名乗れなかった。物流会社の品質管理で、普段は検品表の一ミリのずれまで注意する。猫耳でゲームに叫ぶ姿など、結びつけられたくない。
課長は付箋を見た。
「内側に『リコピン、祝二周年』と書いてあります」
今度こそ終わった。配信名を検索されれば、声で分かる人もいる。
そのとき、後輩の初見が手を挙げた。
「私が預かります。持ち主を知っているので」
璃子は驚いて彼女を見た。初見は一度も視線を返さず、ヘッドセットを抱えて席へ戻った。
昼休み、非常階段で手渡される。
「どうして」
「昨夜の配信、見てました。机のマットが会社の安全標語入りだったから、まさかとは思ってましたけど」
璃子は青ざめた。記念品のマットを配信机に敷いた自分を呪った。
「誰にも言わないで」
「言いません。でも、忘れ物の持ち主まで消す必要あります?」
「朝礼で名乗れるわけないよ」
「じゃあ今、課長にだけ言いに行きましょう。会社の物を紛失したわけでもないし」
璃子はヘッドセットの耳を握った。守ってもらえば、秘密は残せる。けれど初見に嘘まで背負わせることになる。
午後の朝礼――正確には昼礼で、璃子は机の前に立った。
「今朝の忘れ物、私のです。家でゲーム配信に使っています。会議では使いません」
笑う人はいたが、悪意より驚きが大きかった。課長は「発光は切れるのか」とだけ尋ねた。
「切れます」
「なら、次のオンライン研修で性能を試させて。会社のヘッドセット、音が割れるから」
席へ戻ると、初見が小声で言った。
「リコピン、回収成功ですね」
璃子は猫耳を鞄へ隠しかけ、やめた。
机の端へ置き、桃色の灯りを一度だけ点けた。