生んだ身体の所有者
丹羽景孝は毎朝、妻・澄李の妊娠用身体へ栄養値を送る。子宮を失った澄李は、受精卵を移した貸出身体で十か月を過ごしていた。意識も移しているので、胎動は彼女自身が感じる。
二人は夜ごと、腹へ向かって名前を呼んだ。
予定日より一週間早く、陣痛が来た。
景孝が病院へ着くと、澄李は借り物の手で彼の腕をつかんだ。
「この子、せっかちだね」
数時間後、女の子が生まれた。泣き声が部屋へ響き、澄李は笑いながら泣いた。
出生登録の端末へ、二人で決めた名を入力する。
《母親:ボディリース東都株式会社》
《親権者:ボディリース東都株式会社》
景孝は画面を見直した。
身体レンタル中に生まれた子どもは、出産した身体の所有者へ帰属する。遺伝情報は父母を示しても、妊娠と出産の責任は身体所有者が負う。それが一つの規則だった。
「契約書には、身体から生じた付属物と書いてあります」
職員が該当箇所を示す。
爪、髪、血液、そして出生児。
澄李が赤ん坊を抱きしめる。
「私が産んだんです」
「意識の利用者は、出産者として登録されません」
会社から買い取り案内が届く。
《新生児譲渡価格:二千四百万円》
《本日中の決済で家族割引を適用》
景孝の住宅ローン審査では、子どもを持たない夫婦として評価されている。融資枠は八百万円しかない。
「払う。何年かかっても」
分割を選ぶ。
《対象物が成長し価値変動するため、分割不可》
対象物。
赤ん坊が泣く。澄李が胸へ寄せると、身体は母乳を出した。
授乳開始を検出した端末が警告する。
《会社資産の無断消費》
看護師が赤ん坊を引き離そうとする。
景孝は二人の間へ立った。警備員が呼ばれる。
澄李は貸出身体の返却期限を延長しようとした。しかし出産完了をもって妊娠用契約は終了する。
《返却まで 00:60》
「この身体を返したら、私は?」
「本体へ戻ります」
「この子は?」
「所有者の育成施設へ移送します」
一時間後、澄李の腕から力が抜けた。
意識を失った貸出身体から、会社職員が赤ん坊を受け取る。
出生証明には、景孝の名が《遺伝素材提供者》としてだけ載っていた。
娘の名前欄は空白だった。
会社が商品番号を付けるまで、二人が毎晩呼んだ名は、誰の子にも認められなかった。