病院玄関の紙コップ
栗生環は、定期検査を終えて病院を出たところで、雨に足を止められた。
結果は問題なし。医師には「また半年後」と言われた。
安心したはずなのに、長く緊張していたせいか、すぐ帰る気になれなかった。
玄関の屋根の下では、タクシー運転手が客を待っていた。
自動販売機で紙コップのコーンスープを二つ買い、一つを環へ差し出す。
「間違えて二回押しました」
「返金してもらえますよ」
「雨の日は、誰か飲むでしょう」
環は礼を言って受け取った。
紙コップから、とうもろこしと胡椒の甘い香りが立つ。
雨はロータリーを銀色にし、タクシーの屋根を細かく鳴らした。
「診察、長かったですか」
「時間は短かったです。待つ方が長くて」
「病院は、待って安心をもらうところでもあります」
「タクシーも待つ仕事ですか」
「半分くらい。残り半分は走る」
運転手は空車表示を見上げた。
「待つの、苦手なんです」
環が言う。
「結果が出るまで、悪い方ばかり考えて」
「走っているときも、赤信号はあります」
「止まっても、目的地へ着く?」
「止まるから着ける道もあります」
環はスープを一口飲んだ。
粒が二つ、底へ沈んでいる。最後に残すと飲みにくいと思い、途中でカップを揺らした。
運転手も同じように振っている。
「コーン、残りますよね」
「この機械は、いつも最後に仕事を残す」
二人で少し笑った。
タクシーを待っていた老夫婦が玄関へ現れた。
運転手はカップを捨て、荷物を持ちに行く。
「お大事に」
環へ言い、車の扉を開けた。
「私は問題なしでした」
「それはよかった。では、どうぞ普通の日へ」
タクシーが出るころ、雨は弱くなった。
環は傘を開かず、もう少し屋根の下にいた。
半年後のことを、今から心配する必要はない。今日は問題がなく、スープが温かかった。それだけを持って帰ればよい。
雲が切れ、病院の白い壁へ淡い光が差した。
紙コップの底には、コーンが一粒だけ残っていた。
環はそれを飲み、外へ歩き出す。
濡れた植え込みの土と、胡椒の香りが混じり、普通の日が雨上がりのロータリーから静かに始まった。