発言しない部長
部長は、会議の最後に必ず言った。
「自由に意見を出してください」
しかし誰かが話し始めると、
「つまり、こういうことだね」
と先回りし、自分の案にまとめた。
新しい社員証には、不思議な機能があった。
会議室で一言も発しない間だけ、周囲から姿が見えなくなる。
試してみると、本当に透明になった。
部下たちは部長が来ていないと思い、会議を始めた。
「今日は早く決まりそう」
一人が笑う。
「部長、意見を聞くって言うけど、答え持ってるから」
「反対すると、説明が二倍になる」
「嫌いじゃないよ。責任も取るし」
「でも、自分で考えなくてよくなる」
部長は胸が痛んだ。
独裁者だと思われているのではない。
もっと悪い。
便利で、頼れて、皆の考える力を静かに奪う人だと思われていた。
若い社員が新しい案を出した。
普段なら部長が欠点を三つ指摘する内容だった。
部下たちは失敗の可能性を話し、修正し、役割を分けた。
時間はかかったが、部長の案より現場に合っていた。
社員証を外し、姿を現す。
全員が固まった。
「いつからいました?」
「早く決まりそう、から」
誰かが目を覆った。
部長は叱らず、
「今の案を採用する」
と言った。
部下たちは安心し、すぐ部長の指示を待つ顔になった。
そこでもう一度、社員証を着けた。
透明にはならない。既に言葉を発したからだ。
部長は見えるまま黙った。
沈黙が長くなる。
部下たちは不安そうに互いを見る。
やがて若い社員が、
「役割分担まで、自分たちで決めていいですか」
と尋ねた。
部長はうなずくだけにした。
新しい仕事は途中で失敗した。
納期が遅れ、顧客から苦情も来た。
部長は責任者として謝った。
以前なら自分の案なら失敗しなかったと思っただろう。
今は、部下たちと原因を確認し、次の方法を任せた。
半年後、会議で社員証を忘れた。
それでも部長は、最初の十分を発言しなかった。
誰かが笑って言う。
「今日は透明の日ですか」
「見えてるだろう」
「見えてます。だから安心して反対できます」
自由に意見を、と部長はもう言わない。
代わりに質問を一つだけ置き、答えが出るまで待つ。
見えなくなって知った本音は、自分が嫌われていることではなかった。
見えすぎる存在が、ほかの人の考えを隠していたということだった。