白子の輪郭

契約更新の話を、上司は曖昧に笑って終わらせた。

倉庫で働き始めて一年。来月で契約が切れる。作業は覚えたが、正社員登用の話はない。同僚からは「若いんだから別を探せ」と言われる。けれど次に何ができるか聞かれると、答えがなかった。求人票を開いても、『経験者』『資格必須』の文字ばかり目に入る。毎日動かしている荷物の重さは言えても、自分の強みは一行も書けなかった。

帰りに初めて入った居酒屋では、常連らしい男が一人、古い革財布を整理していた。カードを一枚ずつ抜き、必要なものだけ戻している。会話はなく、店主が湯を足すと短く頭を下げた。

僕は白子ポン酢を頼んだ。湯通しされた白子から、かすかな湯気が上がる。柑橘の鋭い香りに、もみじおろしの唐辛子が混じった。箸で持ち上げると形が揺れ、少し力を入れれば崩れそうだった。

口へ入れると、表面はひやりとしているのに、中はほのかに温かい。濃厚な味が広がり、ポン酢がその輪郭を締めた。

「箸、入れすぎると崩れるよ」

店主は次の一切れを見ながら言った。

僕は仕事のことを一度に決めようとしていた。残るか辞めるか。正社員になれるか、ならないか。向いている仕事は何か。答えがないまま、全部を強くつかんで崩しかけている。

奥の常連が財布へ一枚のカードを戻した。ちらりと見えたのは、フォークリフト技能講習の修了証だった。男はこちらの視線に気づくと、カードを指で軽く叩き、財布を閉じた。自慢でも勧誘でもなく、ただ持っていることを確かめるような仕草だった。

僕は明日、上司へ契約更新の期限を具体的に聞く。そのうえで、会社の資格補助が契約社員にも使えるか確認する。使えなければ自費の講習日程を調べる。正社員になれる保証はないし、次の職場も決まらない。それでも、職歴欄に書けるものを一つ増やすことはできる。

最後の白子は箸先で少し崩れた。崩れた分もポン酢と一緒にすくうと、辛みのあとから柔らかな温度が戻ってきた。形は曖昧でも、舌には確かな濃さが残った。