百年先の郵便番号

山あいの果樹園に、数字が十二桁ある古い郵便番号表が残っていた。

春分の日、現在の住所へ百年後の郵便番号を足して投函すると、同じ土地に暮らす未来の人へ手紙が届く。

果樹園を畳む予定の男性は、最後の春分に書いた。

「百年後、この場所には何がありますか。

古い梅の木は残っていますか」

翌朝、郵便受けに薄い紙の返事がある。

「ここは町立の食堂と図書室です。

梅の木はありません。

入口に『旧果樹園跡』という石だけあります」

男性は落胆した。

祖父から受け継いだ梅は病気が広がり、収穫も減っている。

子どもたちは継がない。

土地を売れば住宅になる予定だった。

二通目。

「なぜ食堂と図書室になったのですか」

返事。

「百年前の持ち主が、土地の一部を町へ寄付したから。

梅の木は枯れましたが、毎年、梅の菓子を作る行事があります。

レシピの署名は読めません」

男性の知らない未来だった。

土地を全部売るつもりなのに、町へ寄付した持ち主とは誰なのか。

未来はまだ決まっていないのかもしれない。

男性は、梅の木を残す方法を尋ねた。

「木を残すより、何を残したいか決めてください」

未来の返事は少し生意気だった。

「こちらの子どもは、木が百年生きなかったことを悲しんでいません。

百年前の人が、実をどう食べたか知りたがっています」

男性は、祖母の梅煮の作り方を思い出した。

砂糖を量らず、鍋の泡で決める。

正確なレシピは誰も知らない。

町の子ども食堂へ声をかけ、最後の実で梅煮を作った。

失敗しないよう一人で煮るつもりだったが、子どもたちへ味見を任せた。

甘すぎる、酸っぱい、と意見が分かれる。

何度か鍋を分け、三種類の味ができた。

作り方を、数字と写真で記録した。

署名には自分だけでなく、参加した全員の名を書く。

土地は半分を売り、半分を町へ寄付することにした。

すぐ図書室になるわけではない。

当面は共同の庭と調理場。

計画が途中で変わる可能性もある。

最後の手紙へ、梅煮のレシピを同封した。

「百年後、味は残っていますか」

返事は春分を過ぎても来なかった。

翌年、郵便受けに一枚だけ届く。

「今年の菓子は三種類ありました。

皆、自分の家の味だと言っています。

木の名前より、味の違いが残りました」

男性は梅の古木を伐った。

幹の一部を共同調理場の長い机にした。

切り株のそばへ若木を植えたが、百年生きろとは願わなかった。

未来へ残すとは、同じ形を守り切ることではない。

次の人が自分の味を足せる場所を、今の土地へ少し空けることだった。