皮膚に書かれた戒律
牢獄礼拝堂で、五人の囚人が祭壇へ並べられていた。
皮膚には命令の文字が焼きつけられている。《跪け》《黙れ》《忘れよ》《抵抗するな》《裏切り者を殺せ》。教会の戒律印は、刻まれた者の意思より強い。
治療係ヴィエナだけが、印を外す方法を知っていた。
他人の戒律印を切り取ると、文字は傷ごと治療者の皮膚へ移り、今度は治療者が命令に従わされる。
処刑の司祭オグメが香炉を整えている。
「反逆者には、従順を教えてから火を入れる」
ヴィエナは一人目の背へ刃を当てた。
《跪け》を剥がす。
囚人の傷は閉じ、文字が彼女の膝へ現れた。足が勝手に折れ、石床へつく。
膝立ちのまま二人目へ進み、《黙れ》を移す。喉に黒い文字が巻きつき、声が出なくなる。
三人目の《忘れよ》が額へ移る。何を忘れる命令かは指定されていない。ヴィエナは、先に忘れたいものを心へ浮かべた。幼いころ教会を信じていた自分。その記憶が一枚抜け落ちた。
オグメが異変に気づき、衛兵を呼ぶ。
四人目。《抵抗するな》。文字は両腕へ絡み、剣を握る力を奪った。
解放された囚人たちは扉へ走るが、最後の男だけが動かない。胸の《裏切り者を殺せ》が赤く光り、逃げた仲間へ刃を向けている。
ヴィエナは声も腕も使えない。
そこで床へ身を投げ、歯で男の皮膚を噛み、文字を剥がした。
黒い命令が彼女の胸へ燃え移る。
――裏切り者を殺せ。
誰を裏切り者と呼ぶかは、刻印ではなく、命令を受けた者が決める。
ヴィエナは祭壇の教典を見た。貧者を救え。偽りを語るな。命を商品にするな。
そのすべてを裏切った男が、香炉を振り上げている。
彼女の身体が命令に従った。
抵抗するなと縛られた腕ではなく、膝立ちのまま頭突きを放つ。オグメは祭壇角へ後頭部を打ち、崩れた。香炉の火が処刑縄を焼き切る。
五人の囚人は逃げた。
静かになった礼拝堂で、ヴィエナは立とうとした。《跪け》が許さない。助けを呼ぼうとした。《黙れ》が喉を閉じる。追手へ抗おうとすると、《抵抗するな》が腕を垂らす。
そして《忘れよ》が、次に最も近いものを奪った。
自分の名だった。
朝、衛兵が見つけたのは、全身へ戒律を刻んだ女だった。彼女は祭壇の前で跪き、名を尋ねられても答えず、捕縛にも抵抗しなかった。
ただ胸の《裏切り者を殺せ》だけが、教会の紋章を見るたび赤く脈打っていた。