砂海商隊の契約欄
砂海商隊の護衛試験で、パミラは剣士ではなく帳簿係ジェバと組んだ。
彼は病人用の水と薬の在庫を一人で管理している。戦えないが、彼を失えば隊商は三日も進めない。それでも試験官は「荷物と同じだ」と笑い、砂丘の中央へ二人を立たせた。
ジェバは前夜、水瓶の数が帳簿と合わないことを見つけた。試験官の身内が補給水を横流ししていたのだ。黙れば銀級推薦を出すと言われても、彼は不足分を赤字で記した。パミラはその頁を見て、剣より先に守るべきものが決まった。
課題は、模擬盗賊の奇襲から仲間を守ること。ところが現れた盗賊頭は、刃を潰した訓練武器ではなく、砂砦を破る火薬筒を肩へ載せていた。試験官と目配せを交わす。パミラを落とすため、最初から話がついている。
「帳簿を置いて逃げれば、護衛だけは合格にしてやる」
「水を捨てて生き残る隊商はありません」
ほかの護衛は駱駝の陰へ伏せ、帳簿係を置いて退避線へ走った。ジェバも『水瓶だけ持って行け』と促す。パミラは契約書の末尾を指した。『荷と人を目的地まで運ぶ。途中で価値を決め直すとは書いてない』。彼は算盤を抱え直し、彼女の背後へ座った。
火薬筒が火を噴いた。砂と黒煙が渦を巻き、荷車が横転する。盗賊頭は次弾を込めながら笑い、ジェバの算盤の音がまだ聞こえることに気づいた。
ぱち、ぱち、と珠が動いている。
煙が晴れる。パミラは外套の裾を押さえた同じ姿勢で立ち、ジェバはその背後で壊れた荷車の損失を帳簿へ記していた。二人の足元に置かれた水瓶は、栓さえ抜けていない。
「まぐれだ。次は砂ごと消す」
盗賊頭は火薬筒を捨て、黒玻璃の槍を抜いた。砂漠竜の熱を封じた一撃《乾海穿》は、命中地点の水分をすべて奪う。遠巻きに見ていた試験官が止めるふりをしたが、声には笑いが混じっていた。
槍が煙の尾を引いてパミラへ迫る。彼女は動かず、ジェバへ尋ねた。
「契約書の違約金はいくら?」
「試験官側の故意なら、全額返金に加えて三倍です」
槍先がパミラの掌で止まった。黒玻璃の内部に封じられた熱が唸り、盗賊頭の腕へ逆流する。折れてはいない。弾かれてもいない。ただ、あと一寸進めば自分の骨が先に粉になると理解させられた。
盗賊頭は槍を構えたまま、一歩退いた。