砂糖壺の小さな紙

製菓学校の卒業試験で、藤代川澪緒の砂糖壺から配合表が見つかった。

試験課題は、材料だけを見て即興で菓子を仕上げること。配合表の持ち込みは失格だった。

「藤代川さんなら、暗記していると思っていました」

講師が残念そうに言う。隣の実習台にいた鳥羽山翔平は、開始前に澪緒が砂糖壺を触っていたと証言した。首席卒業と有名ホテルへの推薦を争う相手だった。

澪緒は配合表を見た。自分なら絶対に書かない分量だった。卵白と砂糖の比率が逆で、この通り作れば生地は潰れる。

「天井カメラを確認してください」

製菓室には火災と衛生事故の確認用カメラがあり、各実習台を真上から記録している。講師は試験映像を開いた。

開始十五分前、鳥羽山が澪緒の砂糖壺を持ち上げ、底へ紙を貼っていた。さらに自分の壺から別の紙を出し、試験中に確認している。

鳥羽山は清掃のために触っただけだと言った。

澪緒は紙の端を示す。学校のレシピ用紙には、コピー防止の淡い校章が入っている。鳥羽山の紙にも同じ印があった。印刷室の履歴を調べると、前夜、講師用端末から配合表が二枚印刷されている。利用者は鳥羽山と親しい助手だった。

助手は否定したが、製菓室の音声記録には、試験前の会話が残っていた。

『藤代川を失格にすれば、ホテル推薦は翔平で決まりです』

学校長とホテルの総料理長が呼ばれた。総料理長は、澪緒が途中まで作った菓子を味見する。配合表とはまるで違う、正確な仕上がりだった。

「この人は紙を見ていません。生地を見ています」

鳥羽山の菓子は、盗んだ配合どおりのはずなのに焼き縮んでいた。温度調整を理解せず、数字だけを写したからだ。

学校長は鳥羽山を失格、助手を実習から外すと告げた。澪緒は残り時間を延長して試験を続行し、首席評価を得た。

総料理長がホテルの採用推薦書へ署名する。

証拠袋に入れられた小さな紙が砂糖壺から消えた瞬間、甘い数字を盗んだ者だけが、取り返しのつかない苦さを味わうことになった。