神罰が避けた異端聖女
異端審問官ドルヴァスは、聖女カナエルを祭壇へ縛らず立たせた。
「逃げれば罪を認めたものとする」
「動く必要がありません」
彼女の返事は、集まった信徒には強がりに聞こえた。罪状は、神殿へ納めるはずの治癒を貧民街で無償に使ったこと。審問官はそれを神力の横領と呼んだ。
最初の神罰は光の槍だった。ドルヴァスが聖印を掲げると、天井から白い一条がカナエルの胸へ落ちる。
彼女は手を胸の前で組んだまま祈りもしなかった。光は直前で二つへ分かれ、背後に並べた罪状板だけを焼いた。
信徒のざわめきを、審問官は「悪魔の障壁だ」と押さえつけた。
二撃目には大聖堂の全聖具を接続し、《天上断罪》を発動する。祭壇一帯を光と炎で清めるため、悪魔も人も逃れられないと伝わる奥義だった。
轟音と煙が祭壇を包み、石床が波のように砕けた。
煙が晴れる。
カナエルは手を組んだ同じ姿勢で立っていた。白衣にも煤はなく、足元には貧民街の子供が贈った小さな花が一輪、そのまま残っている。
焼け落ちた罪状板の裏から、神殿が隠していた寄進記録が現れた。治癒代を払えなかった者の名の横に、カナエル自身の俸給から補填した印が並んでいる。信徒たちは異端ではなく、誰が病人を見捨てて利益を得たのかを知った。審問官へ向けられる視線が、一斉に冷たくなる。貧民街から来た母親が、治癒された子の手を引いて祭壇へ上がった。続いて何十人もの患者が並ぶ。審問官が異端と呼んだ奇跡の結果が、生きた証人として彼の前に立った。
ドルヴァスが異常に気づいたのは、神罰の焦げ跡が彼女を避けただけでなく、審問官席へ向かって伸びていたからだ。
「なぜ神が異端を避ける!」
「避けたのは私ではありません」
カナエルは初めて審問官を見る。
「神罰は、罰する理由のない者には当たりません」
ドルヴァスは怒りに任せ、祭壇の聖槍をつかんで直接投げた。神の名を刻んだ刃は彼女へ届く寸前で身をよじり、石床へ落ちる。
次の瞬間、聖槍は穂先から柄まで砕けた。