種の宿の長い昼寝
牧瀬ユハは大農園で、種を蒔く前から収穫後まで働かされた。
褐色の制服は膝が土に削られ、麦藁帽子の縁は汗で波打っていた。日照りの日は水路を走り、嵐の日は納屋を押さえ、収穫期には眠る場所まで畑になった。辞めた後も未読の緊急連絡が届く。「南畑が発芽しない」「倉庫番が休んだ」「今日だけ手伝え」。農園主の“今日だけ”は、季節一つ分の長さがあった。
丘の小屋でユハが手に入れた無限収納は、種の眠りを守った。古い種でも、入れた瞬間の発芽力を失わない。種類ごとの引き出しは無限に増え、札をかざすと必要な粒数だけ出てくる。
ユハは周辺の農家から余った種を預かり、春に別の農家へ貸す《種の宿》を始めた。借り手は収穫後、借りた数に一割を足して返す。増えた種の一部が預け主へ、利用料の一部がユハへ自動で届く。凶作の村には、返済を翌年へ延ばす契約もつけた。
畑を広げる必要はなかった。豊作を競う必要もない。種が眠り、必要な場所で芽吹くだけで、彼の暮らしは静かに続く。
《今季の種貸与料:入金》
《冬越し必要額を達成》
木札の表示を見たユハは、冬が怖くないことより、秋まで無理に働かなくてよいことに驚いた。畑仕事が嫌いだったわけではない。倒れるまで続けることだけが、嫌だったのだ。好きな仕事を嫌いになる前に、やめる日があってよかった。種は眠っているあいだ、怠けているわけではない。ユハも同じでよかった。
そこへ元農園主が馬で乗りつけた。
「北倉の種が黴びた。お前の収納を持って戻れ。管理長の席をやる」
「収納は私から離せません。それに戻りません」
「倍の畑を任せるぞ」
「畑を増やしたくて辞めたんじゃない。自分の朝を取り戻したくて辞めたんです」
農園主は恩、責任、飢饉の可能性まで並べた。ユハは種の宿の利用札だけを渡した。
「必要なら客としてどうぞ」
馬が土煙を残して去ったあと、ユハは《本日受付終了》の板を出した。帽子を顔へ載せ、梨の木の下に寝転ぶ。収穫を待たない昼寝へ、風が先に入っていった。