空へ向けた鏡
柚木征士郎は遭難者捜索用ドローンの実証実験で、照鏡山へ入った。山名の由来を調べた自治体資料には、山頂の禁足峰について短い注意がある。
《禁足峰では鏡を空へ向けてはいけない》
昔の雨乞い作法らしい、と担当者は説明した。保存された古写真では、村人は全員鏡を伏せ、空から何かを隠すように布をかぶせている。写真の空だけが鋏で切り抜かれていた。
実験中、ドローンが稜線の向こうで通信を失った。捜索班へ現在地を知らせるため、征士郎は装備に入っていた信号鏡を取り出した。雲間にヘリの音がしたので、鏡を空へ向けた。一度だけ、白い光が雲へ刺さった。
雲の上から、同じ光が返ってきた。通信を失ったドローンの映像が一秒だけ復旧し、地上ではなく雲の裏側を飛んでいた。そこには鏡を並べた無数の屋根があり、すべての鏡が征士郎へ光を送り返していた。
光点は鏡の中で急速に大きくなった。征士郎が伏せると、頭上を何か巨大なものの影が通った。ヘリの音ではない。無数の羽ばたきを一つに重ねたような音だった。
班と合流したとき、空は晴れていた。征士郎の頬には四角い日焼け跡が残り、鏡を当てると、その部分だけ雲が流れるように冷たかった。誰も信号を見ていない。ドローンは収納ケースの中にあり、飛行記録には「上空から帰還」とだけ残っていた。
帰宅後、征士郎は信号鏡を廃棄した。ところがスマートフォンの前面カメラを開くたび、部屋ではなく曇った空が映るようになった。画面を下へ向けても、枕元に灰色の雲が流れる。
サポートに遠隔診断してもらうと、カメラは正常だと言われた。担当者の画面には征士郎の顔が映っている。ただし、顔の後ろに「高度不明の物体」があるという。
夜、顔認証が突然解除された。
《視線を検出しました》
征士郎は画面を見ていなかった。スマートフォンは机の上で、カメラを天井へ向けていた。
写真アプリに一枚追加された。雲の切れ間から、巨大な目が室内を覗いている。瞳の中央には、信号鏡を掲げる征士郎が映っていた。
気象アプリが通知した。
《照鏡山上空が、あなたの位置を確認しました》
窓の外で、雲のない夜空が一度だけ白く反射した。