窓の外を見ない約束
学年一位の彼女が窓際の最後列を引いたとき、先生は心配そうに言った。
「外ばかり見ないように」
教室が笑った。彼女も笑った。
けれど、本当に外ばかり見ていた。
授業中、黒板ではなく雲を追う。校庭を走る犬、工事現場のクレーン、遠くを通る電車。ノートはきれいに埋まっているのに、視線だけが教室の外にあった。
僕は隣の席だった。成績は真ん中で、外を見る余裕もない。彼女のノートを借りる代わりに、先生が近づいたら肘で知らせる係になった。
「そんなに景色好き?」
放課後、聞いてみた。
彼女は窓枠へ指を置いた。
「ここから見えるものは、全部、私に予定を聞かないから」
塾、模試、面談。彼女の手帳は夜まで埋まっていた。親は医学部へ進むものだと思っている。先生も期待している。友達は「頭いいから何でも選べる」と言う。
「何を選びたいの」
「分からない」
それを言えないことが、一番苦しいらしい。
「じゃあ、明日だけ外を見るの禁止にする?」
「罰?」
「実験。教室の中に何があるか探す」
彼女は乗った。
翌日、僕らは窓の外を見ない約束をした。代わりに教室を観察した。数学の先生が緊張すると左袖を触ること。前の席の二人が消しゴムを蹴って返し合っていること。掲示板の画鋲が一つだけ青いこと。
昼休み、彼女は言った。
「中も意外と広い」
五時間目、窓の外で救急車の音がした。彼女は反射的に顔を向けかけ、止めた。
「見てもいいよ」
「約束でしょ」
「逃げるためじゃなく、見たいなら」
彼女は窓を見た。救急車はもう見えず、青い空だけだった。
「私、建物を作る仕事に興味ある」
突然そう言った。
クレーンを毎日見ているうちに、病院で働くより病院を設計したいと思ったらしい。まだ決めていない。ただ、初めて自分から出てきた選択肢だった。
「それ、予定に入れる?」
「仮で」
彼女は手帳の空白に、小さく『建築』と書いた。
席替えの期間が終わるころ、彼女は以前ほど外を見なくなった。見なくなったのではなく、見た景色を自分の中へ持ち帰るようになったのだと思う。
最後の日、先生が「窓際、どうだった」と聞いた。
彼女は答えた。
「外れでした。外に出たくなったので」
教室はまた笑った。今度の彼女の笑顔は、窓の反射ではなく、教室の中にあった。