竜炎鑑定官は動かない
王国兵器局の鑑定官コルネアは、竜炎砲《第九炉》の採用印を押さなかった。
「出力記録が改竄されています。冷却槽も規格外です」
製造主ドルメンは、軍の将校たちの前で笑った。
「机仕事の女に、我が社の最高傑作が分かるものか。安全だと実演してみせよう」
彼は砲口を標的ではなく、検査台のコルネアへ向けた。事故に見せかけて鑑定官を消せば、不採用報告も消える。
「退避してください」と助手が叫ぶ。
コルネアは記録板へ羽根筆を置き、砲身を見た。
「発射前点検の手順が二つ抜けています」
ドルメンは起動鍵を回した。封入された火竜心臓が鼓動し、通常射撃だけで石造りの標的棟を呑み込む炎が検査台へ直撃する。
将校たちが防壁の陰へ伏せる中、製造主は笑っていた。
笑みが消えたのは、炎の向こうで筆記音が続いていると気づいたときだった。
煙が天井の排気口へ吸われる。
コルネアは同じ姿勢で立ち、羽根筆を記録板へ走らせていた。紙は白く、インクも乾きすぎていない。検査台の彼女の足元だけ、塗料の色さえ変わっていなかった。
「防護服だ!」
「本日の制服は局の支給品です。予算削減で耐火加工は廃止されました」
将校の一人が自分の袖を見て、黙ってうなずいた。
将校たちの視線が砲台の下へ集まる。規格品のはずの冷却管には、安価な鉛の継ぎ手が使われていた。コルネアを焼けば隠せると思った不正が、炎の明かりでかえって露わになっている。
追い詰められたドルメンは、封印を外す。
「最大出力なら、その減らず口も灰になる!」
《第九炉》の竜心臓が悲鳴のように脈打つ。二撃目の白炎が検査室を満たし、外壁の耐熱煉瓦まで粉に変えた。
静かになった室内で、また筆記音がする。
コルネアは同じ行へ追記していた。
「最大出力時、冷却機構に致命的不良。鑑定対象より鑑定官のほうが高耐久という点も、兵器として不適切です」
彼女は不死の加護を得てから二百年、危険兵器の事故を自分で受けてきた。壊れないからこそ、安全性を妥協しない。
ドルメンがさらに起動鍵を捻った瞬間、過熱した竜炎砲の砲身が縦に裂けた。
採用を急がれた新兵器《第九炉》だけが、轟音とともに砕けた。