競合が消えた朝

業務ソフト会社の開発責任者、鷹箸祐真は、新製品発表会の窓から向かいのビルを見た。

最大手の競合企業から、社員が一斉に出てくる。

部下が叫んだ。

「全員、撤退しています!」

祐真は静かにうなずいた。

「こちらの製品を見て、戦意を失ったか」

新製品は、請求書の文字を少し大きくしただけだった。だが最強の商品は、機能数では測れない。

営業部長が駆け込む。

「別の競合も社員が外へ!」

「市場から逃げ始めたな」

「発売前ですよ」

「情報戦では、発表前に勝敗が決まる」

社員たちは窓際へ集まった。隣のビル、その奥のビルからも、人々が道路へ出ている。

「業界総撤退だ」

「当社の独占市場に?」

「価格を上げますか」

「まだ早い。まずは王者らしく据え置く」

「昨日値上げしたばかりです」

「王者にも生活がある」

祐真は記者向けのコメントを練った。

「競争相手がいなくなった今、我々の敵は我々だけです」

広報が尋ねる。

「それ、社内対立の告白に聞こえませんか」

「孤高という意味だ」

「では“顧客の期待”を敵に」

「顧客と戦う会社に見える」

「王者の言葉は難しいですね」

取締役会も急きょ開かれた。

「競合の人材を採用しよう」

「退職者リストは?」

「外へ出た全員だ」

「数千人います」

「ビルごと買収する案は?」

「発表会の来場者、まだ三十人です」

「未来の売上で払う」

「未来が万能通貨になっています」

祐真は壇上に立ち、記者へ宣言した。

「本日、競争は終わりました」

その瞬間、会場の警報器が鳴った。

館内放送が流れる。

〈周辺一帯で合同避難訓練を実施しています。係員の指示に従い、屋外へ避難してください〉

窓の下では、競合社員たちが点呼を受け、終わると次々にビルへ戻っていった。

部下が小声で言う。

「撤退ではなく避難でした」

「こちらも出るべきか?」

「王者でも消防法には勝てません」

祐真たちは発表会を中断し、道路へ並んだ。

向かいの競合社員が手を振った。

「新製品、あとで見に行きます!」

競争は、午後から再開した。