笑っている顔
鴇田まどかの交換日記には、文字より絵が多かった。
相手は美術の時間になると教科書の端へ先生の似顔絵を描く。日記でも、返事の代わりに猫、怪獣、パンの袋、居眠りするまどかを描いた。
まどかは絵が苦手だったので、感想を書く。
――足が三本ある。
――私の前髪はこんなに短くない。
――授業中に寝ていない。
すると次の頁には、足が四本になった猫と、さらに短い前髪のまどかがいた。
体育祭の前日、相手は一頁全部を使って、笑うまどかを描いた。
口を大きく開け、目が細くなり、髪が頬へ張りついている。少しもかわいくない。
――私はこんな笑い方しない。
まどかは強く書いた。
翌日、返事はなかった。
体育祭のクラス対抗リレーで、相手がアンカーを走った。最下位で受けたバトンを二人抜き、最後の直線で一人に迫る。まどかは応援席から名前を叫んだ。
ゴールは写真判定になった。
結果が出るまでの数秒、相手は地面へ寝転がり、まどかは柵を越えそうになって先生に止められた。
二位と発表された瞬間、まどかは笑った。
勝てなかったのに、悔しいのに、相手が息を切らして拳を上げたのがおかしくて、声が出るほど笑った。
そのとき、写真部のカメラが光った。
翌週、廊下に体育祭の写真が貼り出された。
まどかは自分の写真の前で止まった。
口を大きく開け、目が細くなり、髪が頬へ張りついている。
交換日記の絵と、同じ顔だった。
放課後、まどかは写真を見せた。
「知ってたの?」
「いつもその顔」
「いつも?」
「俺が転ぶときとか、牛乳こぼしたときとか」
「それは笑っていい場面」
「いい顔だから描いた」
まどかは日記を開いた。
新しい頁へ、初めて絵を描いた。
丸い頭。細い目。走り終わって倒れている相手。脚は、数えたら五本あった。
――あなたも、だいたいこんな顔。
返ってきた頁には、絵の横へ大きな花丸が描かれていた。
――似てる。特に脚。
まどかは写真の自分を、もう一度見た。
整った笑顔ではない。見せるつもりのなかった顔だ。それを誰かが先に覚えていて、紙の上へ残していた。
交換日記の中で、まどかがいちばん好きになった自分の顔は、自分では一度も見たことのない笑顔だった。