筍のえぐみが抜けるまで

 折原冬弥の部屋へ、裏の一軒家に住む杷奈が、泥のついた筍を二本持ってきた。

「掘ったばかり。糠もつけるから、茹でてみない?」

「茹でたものを分けてもらう方が助かります」

「手間も味のうち」

 断り切れず、冬弥は大鍋を借りた。

 冬弥は故郷を離れて十年になる。父と喧嘩して以来、正月にも帰っていない。母から筍が採れたという連絡が来る季節だけ、実家の裏山を思い出す。

 杷奈はそれを知らず、筍の皮へ縦に切れ目を入れた。

「赤唐辛子は?」

「えぐみ抜きのおまじないみたいなもの」

「効くんですか」

「効くと思って入れる方がおいしい」

 糠を溶いた湯で、筍をゆっくり煮る。台所には青竹と米糠の、懐かしく少し土臭い匂いが満ちた。

 火を止めたあとも、湯が冷めるまで鍋の中へ置くという。

「すぐ食べられないんですね」

「急いで剥くと、えぐみが残るよ」

 翌夕、二人は柔らかくなった筍を切り、鶏肉と一緒にバター醤油で炒めた。和風の煮物しか知らなかった冬弥には、筍とバターの組み合わせが意外だった。

 焦げた醤油の匂いに木の芽を叩いて散らすと、春の香りが立った。

 一口噛む。筍は歯切れがよく、中心には淡い甘さがある。えぐみはほとんど残っていなかった。鶏の脂を吸った穂先は柔らかく、根元は小気味よい音を立てる。冬弥は気づけば、白いごはんを二度よそっていた。

「父が筍を掘ると、皮ばかりで損だって文句を言ってました」

「皮を剥かないと食べられないものもあるね」

「喧嘩も、十年置けばえぐみが抜けますか」

 杷奈は少し考えた。

「鍋の中に入れたままなら。蓋を開けないと、分からないけど」

 冬弥は食後、母へ電話をかけた。父が出たら切ろうと思っていたが、受話器の向こうから低い声がした。

「筍、今年も採れた?」

 沈黙のあと、「採れすぎた」と返る。

「じゃあ、送って。今度は自分で茹でるから」

 通話を終えると、杷奈が残りを容器へ詰めてくれた。

 窓の外は春の夜だった。部屋にはバター醤油と木の芽の香りが残り、大鍋の底では、白い糠が静かに沈んでいた。