緑の月を探す箱
奥野芹香の説明を聞き終えると、島崎暁人は銀色の菓子缶を取り出した。
「手掛かりが雑です」
「すみません」
「謝らなくていいです。雑な手掛かりは、ここに入れます」
缶の中には小さな紙が詰まっていた。“赤い靴の猫”“最後に時計が泣く”“表紙がざらざら”。題名を忘れた本の相談票らしい。
芹香が探しているのは、子どものころ祖父の家で読んだ絵本だった。夜の森に緑色の月が浮かび、女の子が梯子を上る。覚えているのはそれだけだ。
「いつごろ」
「二十年くらい前」
「日本の本?」
「たぶん」
「大きさ」
「普通」
島崎は紙に“緑の月・女の子・梯子・二十年前・普通”と書いた。
「手掛かりが雑です」
「二回言わなくても」
「大事なので」
彼は検索端末を使わず、児童書棚へ向かった。緑の月が出る本を三冊、梯子が出る本を五冊、夜の森の本を四冊。どれも違った。
芹香は諦めかけた。祖父の家は売却が決まり、今週末には最後の荷物を運び出す。絵本を探しているのは、内容が好きだったからではない。祖父が読み聞かせの途中で必ず眠り、芹香が続きから声に出して読んだ。その時間を、本当にあったこととして持ち帰りたかった。
島崎が不意に尋ねた。
「月の次に、何が起きましたか」
「女の子が梯子を上って……窓を開けます」
「月へ行くのではなく?」
「そうです。窓の外に森があって」
島崎の眉が初めて動いた。
「それ、月ではなく窓では」
彼が閉架から持ってきた絵本の表紙には、丸い緑の窓があった。女の子は梯子を上り、屋根裏の窓を開ける。そこに夜の森が広がる。
「これです」
芹香は声を上げ、すぐに口を押さえた。島崎は注意しなかった。
最後のページで、女の子は眠った老人に毛布を掛ける。祖父がいつもそこで眠った理由まで、急に分かった気がした。
貸出処理のあと、島崎は相談票を銀色の缶へ入れた。
「解決したのに、捨てないんですか」
「手掛かりが雑だった記録は、次の検索に役立ちます」
「失礼ですね」
「褒めています。間違って覚えた部分が、一番その人らしい」
芹香が帰ろうとすると、缶の底から一枚の紙が滑り落ちた。
“毎週木曜、同じ人が結末だけを返しに来る。”
「それも本探しですか」
島崎は紙を拾い、無愛想な顔で缶の蓋を閉じた。
「次の相談です。手掛かりが雑なので、長くなりそうです」