耳のない録音機
「被害者の録音機は、左の穴が潰れていた」
笠松亮平は、机上の黒い機器を見ずに言った。
志岐和佳警部補は証拠袋を回した。左右に小さなマイク孔があり、どちらも無傷だ。録音には笠松の声で「告発をやめなければ殺す」と残り、殺人容疑の柱になっている。
「なぜ壊れていたと知っている」
「修理を頼まれたからだ。左をぶつけて、耳が片方聞こえないって笑ってた」
「この機器は壊れていない」
「だから、それはあの人のじゃない」
監視窓の向こうで児玉皓捜査主任が首を振った。余計な話をするな、という合図だった。
和佳は押収時の写真を開いた。被害者の机にあった録音機は銀色で、左のマイク孔が黒い樹脂で塞がれている。現在の袋は黒色。型番は同じだが、製造番号が異なる。
「録音の声は俺だ。でも、あれは署で読まされた文章だ」
「いつ」
「別件で呼ばれた夜。『確認のため復唱しろ』って」
児玉が取調室へ入ってきた。
「休憩だ」
「まだ終わっていません」
「終わりだ。被疑者を戻せ」
笠松が連れ出されると、児玉は机へ両手をついた。
「あの男には暴力団との関係がある。被害者を脅していたのも事実だ」
「録音機は別物です」
「原物は故障して音が取れなかった。捜査協力の再現音声を使っただけだ」
「再現を、遺留品の録音として袋へ入れたんですね」
児玉は答えず、観察室の金庫を見た。和佳はその視線を追った。鍵を開けると、『雑品・返却不要』の箱から銀色の録音機が出てきた。左の穴は潰れている。
再生すると、被害者の声と、児玉の声が入っていた。被害者は捜査情報の漏えいを告発すると告げ、児玉は「組織を守るためなら記録ごと消す」と答えている。音声はそこで途切れた。
「それを出せば、笠松の脅迫も立証できなくなる」
「偽物で立証した時点で、もう立証ではありません」
「私だけの問題では済まないぞ」
和佳は二台の録音機を別々の袋へ封じ、製造番号を読み上げながら取調録音を再開した。児玉が止める前に、証拠品すり替えの緊急報告を端末へ入力する。
最後に銀色の録音機をカメラの前へ置き、送信した。