肖像画の顔認証

藤森直紀は、母校の美術作品をデジタル保存する仕事をしていた。二十八歳。昭和初期の卒業制作《四十一人の教室》には、生徒が四十人しか描かれていない。

額縁の裏から、美術教師の手紙が見つかった。

《卒業制作の肖像画の目を、塗りつぶしてはいけない》

この地域では、死者の似顔絵を家へ置く際、目を描き終えるまで本人の名を呼ばなかったという。目を閉ざされた絵は、代わりに描いた者の視界を借りると手紙にある。四十一人目は絵を完成させた教師だが、顔だけ後世に描き足す予定だったらしい。

直紀は公開用画像へ個人情報保護の処理を施していた。生徒の目をぼかす自動機能が効かず、ソフトが一人だけ《現在の人物》と判定する。直紀は誤検出を直すため、一度だけ、画像上の両目を黒いブラシで塗りつぶした。

保存した瞬間、肖像画の四十人が一斉に正面を向いた。黒く塗った目だけが直紀のモニターへ移り、ウェブカメラが自動起動する。

《藤森直紀を検出しました》

《顔データを作品へ転送します》

クラウドへ同期された修復履歴では、黒いブラシを使ったのは直紀ではなく、肖像画の四十一人目となっていた。操作カーソルは画面外から入り、直紀の目だけを選択して《素材として使用》へ移している。社内チャットでは、同僚たちのアイコンが一斉に直紀の顔へ変わり、誰も異常に気づかなかった。直紀が送った文章だけ、差出人が《額縁外》と表示された。

直紀は電源を抜いた。原画を見ると、四十一人目の空白に自分の顔が描かれ、実際の生徒たちは目を開けて笑っていた。

帰宅後、スマートフォンの写真アプリが人物分類を更新した。家族、友人、同僚、街ですれ違った人まで、すべての顔に《藤森直紀》と付いている。自分の自撮りだけは《肖像画》だった。

顔認証は、直紀本人では解除できない。試しに原画の撮影画像をかざすとロックが開いた。

直後、見守りカメラから通知が届いた。

《肖像画が帰宅しました》

映像の玄関には、直紀自身がまだ外にいるはずなのに、四十一人分の目を持つ男が立っていた。