自販機のぬるいココア

病院の自販機から出てきたココアは、缶を握っても驚くほどぬるかった。

「それ、冬になるといつも外れなんだよ」

 声に振り向くと、直己がいた。

 三年ぶりだった。彼は同僚の付き添いで救急外来へ来たらしい。祐禾は、母の手術が終わるのを一人で待っていた。

「まだココア飲むんだ」

「たまたま」

 最終の駅行きシャトルまで十五分。直己の同僚は検査を終え、会計を待っているという。短い会話なら耐えられる。そう思った。

「お母さんは元気?」

「平気」

 嘘ではない。手術は予定どおりで、医師も心配ないと言った。

 三年前、母が癌の治療を受けたとき、直己は毎週病院へ来た。洗濯をし、弁当を買い、祐禾が眠るまで隣にいた。母の治療が終わった翌月、祐禾は彼と別れた。

 自分が好きなのは直己なのか、支えてくれる人なのか、分からなくなったからだ。必要としているだけの相手に、愛しているとは言えなかった。

「そっちは元気?」

「平気。仕事も変わってない」

「結婚は?」

「してない」

 質問したことを後悔し、祐禾はぬるい缶へ口をつけた。甘さだけが舌に残る。

 シャトルの案内放送が流れた。あと十分。

「今日、付き添い?」

 直己が尋ねる。

「違う」

「じゃあ、見舞い?」

「平気だから」

 二度目は答えになっていなかった。

 直己は追及せず、隣の自販機でブラックコーヒーを買った。落下音が、静かな廊下に響く。

「昔も、そう言ってた」

「何を」

「平気って。俺が来ると、平気じゃなくなるみたいに」

 祐禾は缶を強く握った。

「あなたがいると頼るから。頼ったら、好きかどうか分からなくなる」

「いない三年は、分かった?」

 手術室の表示が『終了』に変わった。看護師から、医師の説明まで少し待つよう告げられる。

 同時に、直己の同僚が会計を終えて現れた。「先にシャトル乗ってる」と言い残し、出口へ向かう。

「行って。最終でしょ」

「祐禾は?」

「家族の車が来る」

 また嘘だった。

 直己は時計を見る。あと三分。

「平気?」

 三度目は、彼が聞いた。

 祐禾は、支えが必要だからではなく、今この人に行ってほしくないと思った。母の病気を知らなかった数分前から、再会を終わらせたくなかった。

「平気じゃない」

 告白の代わりに、待合室の隣の椅子へ鞄を置かず、空けた。

 最終シャトルの発車音が窓の外から聞こえる。直己は同僚へタクシー代を送金し、空いた椅子に座った。

 祐禾はぬるいココアを半分飲み、もう一本買うための硬貨を彼の掌へ置いた。