航海中の日付
貨物船〈北辰丸〉が大西洋の中央で封印コンテナを開けると、内部に一個の宅配箱があった。送り状の受付日は、船が港を出て二日後。電子封印は積み込み時から一度も切れておらず、海上で外から荷物を入れることはできない。箱には、積荷目録から消えた希少時計が収められていた。
容疑者は事務長の若林、荷役長の鳥越、無線士の藤堂。若林は保険申請、鳥越は積み込み、藤堂は陸上との連絡を担当した。三人とも時計の所在を知り、発見を「航海中に届いた返却品」に見せれば窃盗時刻を曖昧にできる。船長は封印番号を何度も照合し、「海の上で宅配便を受け取ったことになる」と吐き捨てた。
監査役の香月が選んだ手掛かりは三つだった。送り状の文字は、船内食堂にある感熱プリンター特有の欠けた数字7と一致する。箱とラベルには同じ厚さの積荷埃が積もり、ラベルだけを後から貼った形跡がない。そして出港前夜、若林の管理端末からそのプリンターへ一枚だけ印刷命令が送られていた。
鳥越は積み込み時の検査で箱を見なかったと言い、藤堂は受付日が航海中なのだから陸上で発行されたはずだと主張した。若林は印刷命令を夕食表の出力だと説明した。しかし食堂の記録に欠けた帳票はなく、送り状の日付欄は機械が現在時刻を自動印字する形式ではない。任意の文字列を入力できる簡易ラベルだった。
香月は埃を払わず、箱を斜めから光に透かした。埃の層は箱からラベルへ途切れず続いている。つまり、箱も送り状も積み込み前からコンテナ内にあり、二日後の日付だけが先に用意されていたのだ。
「欠けた7は船内プリンター、連続した埃はラベルが出港前から貼られていた証拠、印刷命令は作成者が若林さんだと示します。あなたは未来の日付を入力し、時計を箱へ入れてからコンテナを封印させた。荷物は航海中に届いていません。二日後という文字だけが先回りしたのです。切れていない封印は不可能を作る壁ではなく、箱が最初から中にあったことを保証する証人でした。受付日を配達の記録だと信じた瞬間、全員が航海中の侵入者を探し始める。その思い込みまで、あなたは出港前に梱包していたのです」