葡萄棚の不在票

エステルの葡萄園には、不在票が届かない。

留守でも収穫輪が熟した房を見つけ、蔓を傷つけず切り取り、地下の圧搾所へ運ぶ。果汁は樽へ、皮と種は肥料桶へ。商会の馬車が来れば門が開き、必要な樽だけが積み込まれる。

だから収穫日の朝、エステルは村の浴場へ行っていた。

王都の大食堂で給仕長をしていた頃、彼女に留守は許されなかった。百人の宴でも三百人の宴でも、欠員はすべてエステルが埋めた。黒い靴は底が斜めに削れ、制服の腰紐は何度結び直しても汗でほどけた。辞める前夜に届いた緊急連絡は、今も二十九件未読のままだ。

湯上がりに葡萄園へ戻ると、門の会計板が明るくなった。

《葡萄果汁六樽、酒造組合へ納品。代金入金済み》

収穫は終わっていた。床も洗われ、圧搾機まで止まっている。

浴場で長湯をした罰のように、仕事が積み残されていることもない。エステルは濡れた髪から落ちた雫を拭かず、その冷たさを楽しんだ。急げ、と言う声がないだけで、帰り道まで休日になる。

エステルは濡れた髪のまま、木陰の椅子へ座った。

そこへ王都から速達鳩が落ちるように飛んできた。脚には赤い札。

『今夜、王族百二十名の宴。現給仕長が倒れた。戻って指揮せよ』

元支配人からだった。

エステルは鳩へ水を与え、札の裏に書いた。

『出席しません』

鳩が往復し、次の札を運ぶ。

『客ではない。働けという意味だ』

『私は客としても行きません』

『厨房が回らない』

『人員表どおりに休ませなかった結果です』

『今さら説教はいらん。いくらなら戻る』

エステルは葡萄棚を見上げた。葉の隙間から日が落ち、収穫輪が静かに充電台へ戻っていく。

『値段の問題ではありません。今夜は、自分の夕食を温かいうちに食べます』

札を結び、鳩を空へ放す。

家では小鍋に葡萄葉の包み煮を仕込んである。誰かの宴の残り物ではなく、自分のための一皿だ。

エステルは玄関に《本日不在》の札を掛けた。葡萄園にいるのに、仕事からは不在でいるために。