裏返しのクラスTシャツ
クラスTシャツの内側には、秘密を書くことになっていた。
文化祭前夜、井浦亜弥が油性ペンを配りながら決めたルールだ。
「表はみんな同じだから。裏は一人ずつ違う方がいい」
名前でも目標でも、当日誰にも見せなくていい言葉でもいい。みんなは笑いながら、裾の裏へ「完売」「優勝」「寝たい」と書いた。
亜弥は葛城拓海のシャツを預かったとき、迷った末に一行だけ書いた。
文化祭が終わったら、好きって言います。
名前は書かなかった。彼が気づかなくてもいいと思っていた。終わってから、自分の口で言うつもりだった。
ところが翌朝、拓海はTシャツを裏返しに着てきた。
「ちょっと!」
縫い目も洗濯表示も外側。胸にはクラス全員の秘密が、薄く透けたり、はっきり見えたりしている。
「着方、逆!」
「知ってる」
「じゃあ直して」
「これ、見つけたから」
拓海は胸元を引っ張った。亜弥の書いた一行が、ちょうど心臓の位置に出ている。
「誰の字だろうな」
「知らない」
「井浦の字に似てる」
「文化祭終わってないから、まだ無効」
亜弥は彼を更衣スペースへ押し込み、表へ戻させた。
午前中、二人は縁日の呼び込みで一度も話せなかった。午後は別の当番。告白の予定ばかりが頭に残り、時間が減るほど言葉が重くなった。
閉会の放送が流れたとき、亜弥は廊下で拓海を見つけた。
「葛城」
「終わったな」
「うん」
「じゃあ、書いた人は言える?」
亜弥が息を吸う。
その前に、拓海がTシャツの裾を持ち上げた。内側に、新しい文字が増えていた。
言われる前から、俺も好きです。
「それ、誰に?」
「井浦の字に似てる人」
「ずるい」
「何が」
「私が先に言う予定だった」
「予定は予定」
亜弥は油性ペンを取り出し、彼の返事の下へ大きく丸を描いた。
「これで受理」
「実行委員みたい」
「文化祭は終わっても、係は残業中」
翌週、クラスTシャツは洗濯され、文字は少しにじんだ。
けれど拓海は一度だけ、また裏返しに着てきた。
今度は教室ではなく、二人で出かけた駅前で。
亜弥が笑うと、彼は心臓の位置の丸を指して言った。
「これ、表にしたかったから」