襟の折り目

瀬田夕映は、母の白いブラウスへアイロンを当てた。

葬儀社へ届ける衣服は午後三時まで。紙袋の底には、葬儀社から渡された衣類確認票が入っている。母が「これがいい」と音声で残したのは、旅行用でもよそ行きでもない、胸ポケットのある木綿のブラウスだった。病室で書類を書くとき、いつも羽織っていたものだ。

『洗ったあと、襟だけアイロンして。全部ぴしっとすると、私じゃないから』

録音には、看護師の笑い声が小さく入っている。夕映もそのとき笑った。母が亡くなる四日前で、何を着るか決めることが、昼食の献立を選ぶように話された。

洗濯したのは母の姉で、柔軟剤の匂いがいつもの家と違う。アイロン台へ広げると、袖には洗濯じわが残っていた。襟だけ、と言われたのに、夕映は袖口から整えたくなる。母はいつも袖を二度折り、左右の高さが違っていた。それを直すべきか、そのままにすべきか、手が止まる。

音声を戻す。

『襟だけね。袖は適当でいい。どうせ寝てるし』

冗談は乾いていて、涙の入る隙間がない。夕映は袖からアイロンを離した。

霧吹きを一度。襟の裏から熱を当てる。綿が湿った匂いを立て、細かな皺が平らになっていく。先端まで押すと尖りすぎたので、手で少し丸めた。母の襟はいつも柔らかく折れていた。

襟の左右を重ねて見ると、片方だけ一ミリほど長い。夕映は合わせ直さず、そのずれを残した。

ボタンを上から二つ留める。三つ目は糸が緩んでいる。裁縫箱に手を伸ばしかけたが、それも今日の用事ではない。糸の先だけを切り、ボタンはそのままにした。

録音の最後で、母は『ハンガー、針金のは肩が変になるよ』と言う。夕映はクローゼットから木のハンガーを選び、ブラウスを掛けた。

蒸気を逃がすため、しばらく窓辺に吊るす。午後の光が白い布を透かし、胸ポケットの縫い目を浮かべた。夕映は確認票の「白いブラウス」に丸をつける。アイロンの電源を切り、襟が冷めて形を保つまで、指二本で折り目を押さえた。