記録に残らない番号

面談室の予約は、午後六時までだった。

 内部監査室の清良は、向かいに座る綾人へ最後の質問票を差し出した。彼にかけられた経費不正の疑いは、今日の報告書で晴れる。

「同じ質問、三回目ですね」

「記録に残りますから」

「俺が嘘をついてると思う?」

「思うかどうかは関係ありません」

 調査対象になってから二か月、清良は廊下で会っても挨拶以上の言葉を交わさなかった。以前は毎週、二人で昼食を取っていたのに。

 好きだと言えない理由は一つ。監査する側の好意は、無罪にするための私情にも、黙らせるための圧力にも見える。報告が確定するまでは、何も足せなかった。

 調査前、綾人は昼休みになると清良の机を二度叩いた。それが食事の合図だった。調査開始の日から、音は消えた。食堂で一人分の席が空いていても、清良は近づかなかった。彼の申請書に不自然な点を見つけるたび、疑いが晴れてほしいと思う自分と、そう願う資格はないと戒める自分が争った。面談室の録音ランプが赤く光る間、彼女は一度も私用の言葉を口にしなかった。

「支店への異動、明日です」

「承知しています」

「それも記録に残る?」

「人事記録には」

 あと九分。予約終了のランプが点滅した。

 清良は証拠一覧を閉じる。誤入力の時刻、承認者のログ、改竄された領収書。どれも綾人が触れていないことを示していた。

「本件は、嫌疑なしで提出します」

「清良さんが決めた?」

「証拠が決めました」

「じゃあ、二か月避けたのも証拠のため?」

 逃げられない問いだった。

「記録に残りますから」

 二度目は、もう理由にならなかった。

 清良は報告書を送信し、画面に〈提出完了〉と表示されるまで待つ。六時一分。予約ランプが消えた。

「ここからは記録に残りません」

 三度目だけ、意味を変えた。

 鞄から個人用の携帯を出し、新規連絡先の空欄を開く。

「異動後の番号を、私が聞いても問題ありません」

 清良は携帯を机の中央へ滑らせた。綾人は会社の内線ではなく、自分の携帯番号を入力した。