証言しない証人席

労災の社内審問には、出席者より一脚多く証人席を置く。

余分な席は、記録へ入れない資料のために使う。会社側と遺族側は一点ずつ提出候補を選び、開始前に座面へ重ねる。椅子が上に残した方は審問で使用できない。複写、要約、口頭での言及も禁止。下へ落ちた方だけが証拠になる。審問が終わるまで、誰も余分な席へ近づいてはいけない。

黒葛原は会社側の代理として、二つの封筒を持っていた。

一つは亡くなった作業員が安全帯を外した記録。作業員は黒葛原と同じ二十七歳で、社員食堂の利用履歴には毎週金曜だけプリンが一つ記録されていた。事故の日の欄にも、空の容器の写真が添付されている。もう一つは、現場監督が警報装置を止めるよう指示したメール。会社は後者を余分な席へ載せろと言った。作業員の規則違反だけを証拠にすれば、補償額を抑えられる。

黒葛原は入社四年目で、審問を一人で任されるのは初めてだった。勝てば法務部へ正式配属される。負ければ契約更新は難しい。黒葛原の机はすでに法務部の端へ移され、名前のない引き出しだけが一つ用意されていた。上司は「椅子が選んだことにできる」と言った。

遺族側は、作業員の手帳を提出した。毎日の気温と機械の異音が細かく書かれている。最後のページには、《警報がうるさいから切れと言われた》とあった。

開始五分前、黒葛原は余分な席へ封筒を置いた。

上司の指示とは逆に、安全帯の記録を上にした。監督のメールは証拠用の机へ置いた。

椅子は一度だけ前脚を浮かせ、安全帯の封筒を座面へ残した。手帳が床へ落ちた。監督のメールと手帳は、審問で読める。

上司は黒葛原を見たが、席へ近づけない。黒葛原はメールの送信時刻と、事故の十三分前に警報が停止した記録を読み上げた。社内審問の空調音だけが長く続いた。

結論が出る前に、黒葛原の入館証は無効になった。警備員は規則どおり会議室の外で待っていた。

審問後、余分な証人席の回収を頼まれた。座面には使用禁止となった封筒と、黒葛原の入館証が並んでいる。入館証の役職欄は消え、代わりに《証人》と赤く刻まれていた。

椅子の下には、証拠品一覧になかった割れた保護眼鏡が一つ置かれ、片方のレンズだけが警報ランプのように点滅していた。