読まれなかった六
折原梓は一言も発さず、左の扉を開けた。鬼塚廉が「待て」と叫んだときには、梓の全身が敷居を越えている。左の表示は6。右は7だった。
廉は七番の前で拳を握った。
「選択を宣言していない!」
梓は唇の前へ人差し指を立てる。壁には、このラウンド唯一の規則が残っていた。
――誰にも番号を声に出して読まれなかった扉を最初に通過した者を勝者とする。
開始前、廉は宣言してから扉を開けるのが当然だと思っていた。過去の映像でも、参加者たちは「一番を選ぶ」「三番へ行く」と叫び、互いを牽制していた。主催者はその習慣を利用したのだ。
梓は開始の直前、廉へ尋ねた。
「右と左、どっちにする?」
廉は見下すように笑い、「七番だ」と答えた。その瞬間、右の番号は声に出して読まれた。左の数字だけが、誰の口にも上っていない。
梓は自分の選択を言わず、指で左を示すことさえしなかった。ただ開け、通過した。
「画面に表示されている。機械が読み上げたも同じだろう」
廉が抗議する。
梓は首を振る。規則は「表示されなかった」ではなく、「誰にも声に出して読まれなかった」だ。開始時の案内音声も、数字を避けて「左側」「右側」としか呼んでいない。主催者自身、条件を壊さないよう慎重に話していた。
それが逆に手掛かりだった。
もし番号を口にする必要があるなら、司会者は宣言方法を説明したはずだ。説明しないのは、参加者が勝手に喋ることを期待していたからだ。
〈未発声番号、六。最先通過者、折原梓〉
判定が下り、梓の首輪が開く。
廉はようやく口を閉じた。だが遅い。自分で読んだ七は取り消せず、梓が通った数字を今さら叫んでも勝者は確定している。
梓は扉の内側で初めて声を出した。
「あなたは答えを選んだんじゃない」
小さく笑う。
「答えを読んで、消してくれたの」
六番の勝者灯が点き、廉の七番は声を失ったように暗くなった。