買戻しの余白

業務用厨房機器会社の売上承認会議で、葦名坂真琴は契約書の製本を請け負う印刷会社の若手校正員として同席した。機器会社はリース会社へ食器洗浄機五百台を二十五億円で売り、過去最高の売上を計上する予定だった。

提出された売買契約は全六ページ。リース会社の署名と実印、機器会社の代表印がある。真琴はページ番号が「1/6、2/6、3/6、4/6、6/6」と続くことに気づいた。五ページ目がない。

法務部長は、白紙のため製本時に省いたと答えた。

真琴は印刷会社に残る校了PDFを開いた。五ページ目には「翌月一日、売主は全台を同額で買い戻す」とある。保管費と利息だけをリース会社へ払う契約で、実質は一か月の資金調達だった。

法務部長は、その条項は交渉中に削除されたと主張した。

しかし契約の割印は四ページ目と五ページ目、五ページ目と六ページ目をまたいで押されていた。提出版では五ページ目を抜いたため、四と六の印影がつながらない。さらにリース会社の電子署名対象ハッシュには、五ページ目を含む六ファイル分が登録されている。

五百台は機器会社の倉庫から動かず、翌月も自社在庫として販売予約されていた。リース会社に引き渡されたのは、所有権を示す一枚のリストだけだった。

財務責任者は、契約上の売買は成立していると押し切ろうとした。

「買戻しは将来の別取引だ」

真琴は印刷見本の余白を指した。五ページ目だけ、右下に「決算提出時は除外」と法務部長の手書き指示が残っている。

印刷会社の取引停止を示唆されても、真琴は原本PDFへ保全署名を付けた。

「白紙なら、買戻し価格は印刷されません」

真琴は代金の流れも示した。リース会社が払う二十五億円は、機器会社が前日に同社へ預けた保証金を原資にしていた。翌月の買戻しで保証金が戻り、リース会社には手数料だけが残る。五百台を挟んで、資金が一か月だけ円を描く契約だった。

監査役が二十五億円の承認書を閉じた。抜かれた五ページ目が、五百台を売上へ押し出す決裁を引き戻した。