貸出票に書く本当の名

王立書庫の禁書区には、紙で造られた守衛がいた。

索引兵IND―3。肌の下を文字が流れ、侵入者を見つけると腕を紙刃へ変える。彼を縛る所有契約は一冊の台帳ではなく、胸の奥に綴じ込まれた「第一頁」そのものだった。

新任司書アルノは、宰相から命じられた。

「前王の日記を焼け。守衛の所有者欄には私の名を追記しろ」

宰相の秘密を消すためだ。

アルノが禁書区へ入ると、IND―3が進路を塞いだ。

「第一頁の命令により、所有者以外の閲覧を禁じます」

「あなたは読んだことがある?」

「私は本ではありません。閲覧対象外です」

だがアルノには、胸の縫い目から紙片がのぞいているのが見えた。そこには細かな字で、《破棄時は全頁白紙化》と記されている。

宰相はそれを脅しに使ってきた。契約を破れば、彼の記憶も人格も消えるという意味だ。

アルノは保存用の薄刃を取り出した。

「本の修復で最初に学ぶことがある。表紙に書かれた題名と、中身は同じ紙じゃない」

胸の縫い目を開き、第一頁だけを探る。IND―3の腕が紙刃に変わった。

「契約保護命令。作業を中止してください」

「嫌なら止めていい」

刃先がアルノの首へ触れる。しかし、それ以上は進まなかった。

彼女は所有者欄へ宰相名を書かず、頁を綴じる糸だけを切った。

第一頁が抜け落ちる。

書庫中の本が一斉にめくれ、IND―3の体から黒い命令文が吹雪のように剥がれた。残った頁には、彼自身が見聞きした記憶がそのまま記されている。

アルノは契約頁を灯火で焼いた。

「閲覧許可を」

「もう私に聞かなくていい」

IND―3は前王の日記を手に取り、初めて自分のために一頁を読んだ。その後、開いた窓から紙鳥となって飛び去った。

翌日、宰相が兵を連れて禁書区へ来た。だが日記も守衛もない。

代わりに公開閲覧室の席で、一人の青年が日記を写本していた。証拠を百部に増やしているのだ。

「なぜ戻った!」

青年は答えず、貸出票をアルノへ差し出した。

利用者名の欄には、整った字で《フォリオ》とある。

「最初に借りる本は、自分で選びました。返す場所も、ここに選びます」

アルノが受領印を押すと、フォリオは紙刃ではなく筆を彼女の隣へ置いた。