赤いシールの午前零時

職場の給湯室で、瑛里は同僚の手帳に貼られた赤い丸シールを見つけた。

ただの目印だと分かっている。それでも高校時代の交換日記が、胸の中で開いた。

寮生活をしていた瑛里と桃瀬は、消灯後にノートを回した。廊下へ出ると見回りに叱られるので、午前零時ちょうど、互いの部屋の前へ置いた。

急いで読んでほしい頁には、表紙へ赤いシールを貼る。それが二人の合図だった。

二年の十一月、桃瀬の家では両親の離婚話が続いていた。彼女はいつも冗談にしていた。

〈どっちについていくか、ドラフト会議です〉

瑛里も笑う返事を書いた。

〈第一巡選択希望、うちの寮〉

ある夜、零時を過ぎてもノートが来なかった。

一時近く、扉の下に赤い丸だけが見えた。表紙にはシールが三枚重ねて貼られていた。

頁を開くと、

〈明日、学校をやめる。誰にも会わずに帰る〉

とあった。

瑛里は返事を書かなかった。

裸足のまま廊下を走り、桃瀬の部屋を叩いた。返事がなく、瑛里は決まりを破ってドアノブを回した。暗い部屋で桃瀬は制服を畳み、名札を外していた。先生に見つかり、二人ともひどく叱られた。それでも、桃瀬は翌朝の退寮を一日延ばした。話し合った末に転校はしたが、誰にも会わずには消えなかった。

別れ際、桃瀬は言った。

「赤は、解決してって意味じゃなかった。ただ、ここにいるって見てほしかった」

今、給湯室の同僚は、何週間も残業を続けている。「大丈夫」が口癖になり、昼休みも机から動かない。

瑛里は手帳のシールについて尋ねなかった。昔の合図を勝手に重ねて、相手の苦しみを決めつけることもしたくない。

ただ、紙コップを二つ並べた。

「今日、一人で食べたくないから、一緒にお昼行かない?」

同僚は断りかけ、赤いシールへ視線を落とした。それから小さくうなずいた。

瑛里は先を歩かず、隣に立った。

あの夜と同じように、答えを書くより先に扉の向こうへ行く。

救えるとは思わない。ただ、ここでずっと見ていると伝えるために。