赤い蝋の輪

長期航海用のチーズは、海に出て十日で表面が青くなった。

船長バスコは納入業者を甲板へ呼びつける。

「次の航海は六十日だ。樽の半分を黴に食わせるために金を払ったのではない」

前便では、青黴を削るたびチーズが小さくなり、四十日目には芯しか残らなかった。塩水樽は重く、揺れれば漏れ、葡萄酒まで塩臭くする。

納入業者は海のせいにし、損失を船員の管理不足として請求書へ加えていた。

元食品包装技師の鷹司航は、熟成を終えた丸いチーズを乾いた布で拭いた。

鍋で蜜蝋を溶かし、見分けやすいよう赤い染料を一滴。チーズを回しながら表面へ隙間なく塗り、冷えたら傷を確かめてもう一度重ねた。底の針穴まで赤で塞ぐ。

使った蝋は一個につき匙二杯だけだった。

「食い物を蝋燭にしたぞ」

水夫たちが笑う。

航は笑い返さず、日付を書いた札を貼った。

三十日後、同じ船倉で揺らした二百個を港へ並べ、商会立会いの比較試験が行われた。

裸のチーズは端が硬く割れ、塩水樽のものは膨れていた。青黴が奥まで走り、削れば一個の四分の一が消える。

赤い蝋の輪を刃で外すと、ぱきりと薄い殻が割れ、内側は淡い象牙色のまま。乳の甘い香りが立ち、切り口からわずかな脂が滲んだ。

バスコが厚く切って食べる。

「乾いていない。塩水の味もしない」

塩気も舌触りも、倉から出した初日と変わらない。料理長は溶かしてパンへ載せ、脂が素直に伸びることまで確かめた。

蝋を塗った百個のうち、廃棄は一個。裸の百個は三十七個が売り物にならなかった。

航は赤い殻を指で折り、鍋へ戻した。

剥がした蝋は溶かして再利用できる。重い樽も塩水も不要になり、木棚へ直接積める。船倉には葡萄酒二十樽分の空きができ、船の喫水線まで指一本分上がった。

商会主が利益を計算し終える前に、遠洋船の料理長が残りのチーズを抱え込んだ。

「六十日分、三百個を同じ赤で頼む」

バスコは旧業者の契約書を破り、航へ船団納入印を押した新しい紙を渡した。

港の倉では、次の三百個を吊るす赤い蝋がもう溶け始めていた。