農園魔法の枯れた朝
ハルトの雨魔法は、畑を救うどころか苗を流した。
三週間の日照りに焦り、貯めた魔力を一度に放った。雲は応えたが、降ったのは恵みの雨ではなく横殴りの豪雨だった。朝には畝が崩れ、薬草も麦も泥の下。収穫祭へ出す作物は一つも残らなかった。柵には流木が引っかかり、母屋の床まで茶色い水が入り込んでいる。
ハルトは納屋で権利書を畳んだ。売却欄に署名し、借金の返済表を三人分の封筒へ分ける。せめて自分の失敗で、彼女たちの暮らしまで奪いたくなかった。農園を始める前、実家でも不作の責任を押しつけられ、食卓から名札を外された。今の三人には、それぞれ帰る場所がある。ユナには町の薬房、ドロテアには本店、カミラには遊牧団。失敗した農園に残る理由はない。外から泥を掻く音がしても、撤収の準備だと思い込んだ。
井戸のそばで、薬草師ユナが泥だらけの膝をついていた。流されずに残った苗を一本見つけ、崩れた畝へ植え直している。
「根は生きてる。全部じゃないけど、ゼロでもない」
商人ドロテアは濡れた出荷契約書を乾いた箱へ移した。破棄印を押す代わりに、納期欄へ赤字で『次季』と書く。
「違約金は待つ。代わりに、来年の一番を予約するわ」
獣使いカミラは、売る予定だった耕牛へ再びくびきを付けた。泥の中へ鋤を入れ、ハルトの分の手袋を柵へ掛ける。
「水路から掘り直す。あんたの魔法は最後に少しだけ」
「農園は終わったんだ」
三人は手を止めなかった。ユナは苗の周りへ土を寄せ、ドロテアは契約箱を母屋へ運び、カミラは牛を次の畝へ進める。
ハルトは権利書を握ったまま立ち尽くした。叱られる覚悟も、借金を背負う覚悟もあった。けれど、残ると言われる覚悟だけがなかった。
「また捨てられると思った」
ユナが母屋の窓辺へ小さな鉢を置く。ドロテアが四人分の食器を棚へ戻す。カミラが泥のついた長靴を、ハルトの隣へ三足並べた。
朝日が差し、一本の苗の葉から雫が落ちた。
収穫は失った。それでも農園の食卓と、そこへ帰る道は、三人の手で流されずに残っていた。