返送先は世界の外
「配達先を二度ご確認ください」
転移便ギルドでは、宛名を一文字間違えるだけで荷物が海底や火山へ届く。
受付係ユーディは、そのたび淡々と赤字を入れた。都市名、座標、時代番号。客が面倒がっても、彼女は必ず二度読ませる。机には針のない時計と、世界で最初の転移札が飾られていた。
小走り配達員のペロウは、宛先欄が空白の小包を拾った。
軽いのに、持つと遠くで星が軋む音がする。
「落とし物です」
彼が窓口へ置いた途端、包み紙が内側から裂けた。
現れたのは獣でも人でもない。光の届かない世界の隙間が、口の形を借りてこちらを覗いていた。
虚無寄生体《名なし穴》。
近くの存在から順に住所を奪い、最後には世界そのものを「所在不明」にする災厄だった。
客たちの輪郭が薄れ、転移門が狂ったように開閉する。
ペロウは落とした鞄の下敷きになり、そこからユーディの手だけを見た。
彼女は騒がず、小包の伝票を裏返す。
差出人欄には何もない。そこで自分の指を紙へ当て、血ではなく青い光で一つの座標を書いた。
《世界成立以前・虚無原点・受取人本人》
「返送します」
印が押される。
名なし穴が王都を飲み込むより早く、小包の口が逆にそれを飲み込んだ。空間の裂け目は細い糸へ、糸は点へ、点は伝票の句点へ縮む。最後に聞こえた星の軋みも、二つ折りの紙へ封じられた。
ユーディは宛名を確認し、もう一度同じ座標を書く。
二度目の印で、小包は世界の外へ消えた。
机の古札が淡く光る。
《転移便ギルド創設者・道を名づけた者ユーディ》
すべての場所に住所があるのは、彼女が最初に世界を区切ったからだった。
狂った門は正常へ戻り、薄れた客の輪郭も元どおりになる。人々は一瞬の眩暈だと思い、列へ並び直した。
ユーディは裂けた包み紙を屑籠へ入れ、ペロウの鞄から埃を払う。宛先不明の記録も帳簿から一行だけ切り取り、火にせず指先で消した。
「今の荷物は?」
「誤配です」
それ以上、少年は尋ねなかった。
次の客が、妻への贈り物の宛名を急いで書き終える。
ユーディは赤字用のペンを持ち上げた。
「配達先を二度ご確認ください」