迷宮で松明を受け取らない
「入口は暗い。松明を一本持っていけ」
冒険者学院の入学迷宮。係官が差し出す松明には、前と同じ黄色い布が巻かれている。
蒼吾は前の人生でそれを受け取り、地下へ入った。炎を頼りに進むほど頭が重くなり、分岐で倒れた。失格後に清掃係となって知ったのは、黄色い布へ眠り薬が染み込ませてあり、火で温まると煙へ混じることだった。有力パーティー以外を落とす、古い不正だ。
迷宮の門が軋む。
「どうした。暗闇が怖いのか?」
係官が前と同じ台詞を投げる。
前の蒼吾は「借ります」と受け取った。
今度は両手を背へ回した。
「要りません」
「照明なしでは一歩も進めないぞ」
「それなら、松明を持たない者を落とす試験です。持てと言う必要はない」
係官の目が細くなる。
蒼吾は黄色い布を指さした。
「火をつける前に、その布を水へ入れてください」
「試験を遅らせるな」
「では私が」
入口の飲み水へ布の端を浸す。透明だった水が乳白色に濁り、甘い眠り草の匂いが立った。後ろの受験生たちが息を呑む。
係官が松明を捨てて逃げようとする。門番が槍を交差させた。
だが合格には迷宮を抜けねばならない。
蒼吾は火のない暗闇へ踏み込んだ。未来で床を磨き続け、道順は知っている――だけではない。炎を消すと、壁の苔が青く光り、正しい道だけを示していた。松明は薬を吸わせると同時に、案内を隠す道具だったのだ。
右、左、低い穴をくぐる。途中、前の人生で倒れた分岐に着く。黄色い煙がない今、床には係官が隠した荷車の轍まで見えた。蒼吾は壁石を一枚押し、近道の扉を開く。清掃係だけが知る裏道だが、苔の矢印は最初からそこを示していた。十分後、蒼吾は出口の鉄扉を押した。
前の人生では一度も見られなかった朝日が差し込む。
出口の計時板には、歴代記録を半分に縮めた数字。
【九分四十二秒】
さらに文字が更新される。
【単独首席合格】
遅れて駆けつけた学院長が、蒼吾の空の両手を見て笑った。
「今年初めて、明かりを持って入った者が現れたな」