送辞にない一行

卒業式の送辞を読む役になった。

壇上から見える三年生の列に、好きな先輩と、同じ先輩を好きな親友がいた。

親友は私の隣のクラス。先輩の部活の後輩でもある。

一か月前、親友は告白した。

返事は卒業式の日にもらう約束だという。

私は告白していない。

送辞の下書きには、一度だけ本音を書いた。

『先輩がいたから、学校へ来る朝が楽しみでした』

読み返すと、全校生徒への言葉ではなかった。

私はその一行を消した。

式当日、体育館は寒かった。

名前を呼ばれ、演台へ立つ。原稿を持つ手が震えた。

「卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます」

先輩はまっすぐ前を見ていた。親友は少しうつむいている。

学校行事の思い出。部活動で教わったこと。残された私たちが受け継ぐもの。

用意した言葉を順番に読んだ。

消した一行の場所へ来る。

ほんの少し、沈黙した。

先輩が顔を上げた。

目が合った気がした。

私は原稿どおり、次の段落へ進んだ。

涙が落ち、紙に小さな染みを作った。

会場には、卒業を惜しむ涙に見えただろう。

式のあと、校門前で親友を見つけた。

制服の手には、先輩の第二ボタンがあった。

「返事、もらった」

親友の声も震えていた。

私は笑って言った。

「よかったね」

親友は私の送辞原稿を見た。

「泣いてたね」

「卒業式だから」

「違うでしょ」

隠していたことを、親友はずっと知っていたらしい。

「どうして言わなかったの」

「言っても困らせるだけだったから」

「私に?」

「先輩にも」

親友は第二ボタンを握りしめた。

「私、うれしいのに、あなたに見せたくない」

「見せて。ちゃんと見ないと、ずっと想像するから」

親友は泣いた。

私も泣いた。

少し離れたところで、先輩が写真を撮る友達に囲まれていた。私たちの涙には気づかなかった。

帰宅後、送辞の原稿を開いた。

消した一行は、鉛筆の跡だけ残っていた。

私はその下へ、小さく書き直した。

『先輩がいたから、学校へ来る朝が楽しみでした。好きでした』

誰にも読ませない言葉。

それでも、書かなかったことにはしたくなかった。

卒業したのは先輩だけではない。

私の報われない片思いも、その日ようやく壇上から降りた。