途切れた告白
古い町工場を追う記録映画の編集室で、櫛田章吾は一九八七年のテープを再生していた。依頼は、創業者の妻が語る一分間を、翌朝の試写へ入れることだった。
「借金を作ったあの人を、私は――」
そこで画面に白い筋が走り、声が欠けた。次に聞こえたのは「許しました」だった。監督は字幕で補えばいいと言ったが、妻がどんな息でその言葉へ辿り着いたかが、この場面の意味だった。
妻はすでに亡くなっており、聞き直すことも、別の言葉で撮り直すこともできない。監督が持っていた台本には「私は許しました」とだけ書かれていたが、実際の声には「もう」が付いていた。その一語を字幕だけで補えば、決断した時期まで編集者が決めてしまう。章吾は音の残り方から探すことにした。
テープのドロップアウトは映像とカメラ側の音を同時に傷つけている。章吾は当時の記録表を探し、部屋の隅に別の録音機が置かれていたことを知った。保管箱の底から、同じ日付の音声テープが見つかった。そこには低い機械音とともに、欠けた六音が残っていた。
章吾はノイズリダクションを強くかけなかった。工場の唸りをすべて消すと、その六音だけ真空の中で話したようになる。周囲と同じ程度の雑音を残し、呼吸の立ち上がりを合わせた。
映像の白い筋は、妻が膝の上で握る手を撮ったBロールへ切り替えた。別の日の顔を貼って口を作ることもできたが、それは妻がしていない表情を発明する。手は同じ取材中のもので、言葉の前に一度だけ強く握られていた。
完成した場面で、妻は画面の外で息を吸う。皺のある手が固くなり、「もう、許しました」と声が続く。白い筋は見えず、機械音だけが遠く残った。
監督は「きれいに直りましたね」と言った。
章吾は元のテープを箱へ戻しながら、「きれいにはしていません。残っていたものを、同じ場所へ戻しました」と答えた。
午前零時、試写用の転送が始まった。棚には次の箱が待っていた。ラベルには〈一九八八年・工場閉鎖の日〉と書かれている。章吾は再生機のヘッドを拭き、新しいテープを入れた。