通話履歴のない夜
久留島孝成の請求書には、覚えのない死者通話が二十七件記録されていた。
相手は、十二年前に海で亡くなった妹・瑞葉。通話時刻はすべて午前三時台で、孝成が眠っている時間だった。端末を鍵付きの引き出しへ入れても、翌朝には枕元へ戻り、新しい履歴が増えた。
不正利用を疑ったが、認証には本人の声紋が使われていた。死者回線には生者側だけの録音が残る。再生すると、眠ったような自分の声が聞こえた。
『また夏が来た』
『父さんには言ってない』
『あの日、浮輪を隠したのは僕だ』
孝成は再生を止めた。
瑞葉が溺れた日、家族は突風で浮輪が流されたと思っていた。実際には、十一歳の孝成が岩陰へ隠した。泳げない妹が自分より先に海へ行こうとしたのが気に入らず、困らせるつもりだった。瑞葉は一人で浅瀬へ入り、潮にさらわれた。
孝成は事故のあと、その記憶だけを夢の底へ沈めた。両親が「おまえのせいじゃない」と抱きしめた言葉にすがり、やがて昼間は本当に忘れていたらしい。眠って理性がほどけると、電話をかけ、死んだ妹へ告白していた。
翌晩、孝成は眠らず午前三時を待った。手は無意識に端末へ伸びた。今度は目を開けたまま、接続した。
「瑞葉、聞いてたんだろ」
『毎回ね』
「どうして何も言わなかった」
『兄ちゃん、朝になると忘れるから。何を言っても、私だけが覚えることになる』
孝成は、許してほしいとは言えなかった。
「父さんと母さんに話す」
『うん』
「嫌われる」
『それは、生きてる人に決めてもらって』
翌日、孝成は両親を訪ねた。母は崩れ落ち、父は殴った。二人はすぐには言葉を返さなかった。数日後、母から「まだ許せない。でも、もう嘘の慰めは言わない」とだけ届いた。
孝成は実家を出たあと、長年勤めた海上保安の広報職を辞めた。事故を語るたび、自分だけを「残された兄」として扱ってきたことに耐えられなかった。
代わりに、水難事故防止の講習で、浮具を隠した少年の話をするようになった。少年が自分だとは、必ず最後に明かした。
死者回線の通話履歴は消さなかった。
二十七件の夜は、忘れた罪を妹だけに保管させていた記録だった。